男子高校生、はじめての
〜第12弾 BADBOYは諦めない〜
2月7日発売!
〜第12弾 BADBOYは諦めない〜


4thシーズン開幕!
第11弾〜あまえたがりキングと世話焼きジャック〜
大大大好評発売中に続き、
第12弾〜BADBOYは諦めない〜のたくさんのご予約ありがとうございます!
本日は、ドラマCD本編が始まるおよそ2ヶ月前、
東京へ引っ越してきた昂二視点のお話を公開!
ふたりの子供時代の会話が読めるのはここだけです

--------------------------------------------------------
First crush!
(文:GINGER BERRY)
First crush!
(文:GINGER BERRY)
「あまね! あまね! また勝ったな!」
ヘッドギアを外す後ろ姿に駆け寄った。汗で濡れた、少し長めの髪が首筋に張り付いているのを見て、心臓が跳ねる。僕は天弥の首を見ると、どうしてかいつも胸のドキドキが止まらなくなるんだ。
「……昂二」
振り向いた天弥は、激しい試合後とは思えないほどの無表情だった。せっかく試合に勝ったんだから、もっと喜べばいいのに。でも普段から天弥が笑ったり、ふざけたりしているところを僕は見たことがない。そんなところがクールで、オトナっぽくて、かっこいい。
「やっぱ、あまねはすげぇな!」
小学生になってまだ間もない頃、ずっとやってみたかった空手の教室に連れて行ってもらった。大きな体に、ゴツゴツした顔の上級生たちに混じって、女子みたいに細いのに、すごく目を惹く男の子がいた。
鋭くて、速くて、どんなに足を高く上げてもふらつかない小さな体。下級生の中で一番強かった。
あんなふうになりたい。
天弥は、僕の初めての『あこがれのひと』だった。
きっと強くなって、いつか勝つのだと、心に決めていた。
あの夏の日、『天弥はもうこない』と言われるまでは。
* * * * * *
規則的な電子音を鳴らしながら、耳元で振動するスマホを掴む。目を閉じたまま手探りでタップし、アラームを止める。
白くかすむ視界の先には、見慣れない天井。鼻をくすぐる新しい家の匂い。
「あー…、そっか。引っ越してきたんだよな」
もう三日も寝起きしてるのに、朝起きるたびに思い出す。
「おにーちゃーん! 朝!」
ドンドンとノックとは言えない殴打をドアにぶちかまし、扉を割る勢いで妹が入って来る。
「はやく起きて! 今日からガッコウ!」
小さいときは『お兄ちゃんが一番強くてかっこいい』と言っていた妹は、いまはアイドルに夢中で、髪をツヤツヤにすることに命をかける女子中学生だ。
「……起きてる」
温かい空気を含んだ布団に未練を感じつつ体を起こすと、妹が顔をしかめる。
「寝起きのお兄ちゃん、おっきな犬みたいな匂いがする」
鼻をつまみ、失礼をのたまう妹に、マジ切れしそうになりながら嫌みを返す。
「お前が好きなアイドルだって寝起きはくせーんだぞ」
「は? 一緒にすんな。響己くんは甘くてすげぇいい匂いがすんだよ!」
捨てセリフを吐いて、妹はドスドスと音をたてて階段を駆け下りて行った。
元々関東の出身だった父親が長野支社で頑張ること十七年。念願の東京本社への栄転が決まり、家族全員で東京に引っ越しをすることになった。
編入先の高校はどこでもよかった。それまで通っていた高校は空手が強かったから選んだけど、上級生とコーチの陰湿なパワハラにぶち切れて一年で部活を辞めた。小学生から続けていた空手だけど、もうなんの未練もなかった。
だから、妹が来年受験するという木乃実学園の編入試験を受けた。中身ゴリラだけど、一応オレの妹だ。いじめが横行しているような学校だったら、受験は辞めさせるつもりだ。
新しい制服はまだ用意していない。着慣れた学ランに腕を通す。前まではチャリで十五分もあればついていたけど、今日から電車通学だ。
編入試験のときには経験しなかった満員電車に揺られながら窓の外のビルを眺め、息苦しさをやり過ごす。
これが東京か。
小学生のときに東京に行きたいと貯金箱を割ったことがある。理由を聞いた両親に止められて、悔しくて泣いた。
子供ながらに、無謀だとわかっていたから。
仲村天弥。
空手教室で一緒だった、ひとつ年上の男の子。ある日突然、引っ越していった。噂では母親とふたり、東京へ移り住んだという。もう一度会いたくて、空手教室の奴らはもちろん、同じ小学校のやつを捕まえては連絡先を聞いた。でも誰も知らなかった。
こんだけいろんな奴とすれ違うんだ。いつか、会えたりしねぇかな。
駅のホーム、ひとの流れのない場所で立ち止まり、胸ポケットに手を伸ばした。
「天弥……」
十年近く前の記憶なんて曖昧で、もしかしたら俺の夢だったんじゃないかと思ったけど、引っ越しの片付けのときに見つけた一枚の写真が現実だと教えてくれた。
歯を出して笑う坊主頭の俺の隣り、カメラから視線を外し、無表情で立っている男の子。
高校三年生になった天弥は、どんなふうになっているんだろう。
前に通っていた県立高校の古く暗い校舎と違い、木乃実学園は全体的に白くて明るかった。生徒たちもみんな小綺麗で都会っぽい。そんな中、真っ黒な学ランは異質だった。校内をただ歩いているだけで、何人の奴らにぎょっと二度見されたかわからない。
「失礼します」
職員室もオフィスみたいだ。観葉植物なんて置いてあるし、ジャージに便所サンダルを履くような教師もいない。
「拾昂二くん、だね。今日からよろしく」
鴻崎という担任の教師も若いイケメンで、なんだかドラマのようだ。
「制服は、年度末の制服リサイクルで購入予定だったな」
「……っす」
卒業生が制服を提供し、安く購入できると知った母親は私立なのに家計に優しくていい学校だと手放しで喜んだ。約三か月は学ランでの登校になるけれど、別に他の奴らと違うからって文句いう奴はぶっ飛ばす気でいるから、妹の制服や学用品を優先してもらって全然かまわなかった。
今日の予定について説明をし始めた鴻崎の視線が、ふと俺の顔の横で止まる。
「校則で禁止されているわけではないけれど、校内ではピアスは外したほうがいいんじゃないか」
「……は?」
言っていることの意味がわからなかった。『外せ』と言われれば、『嫌だ』と返せるのに、これになんて返事すりゃいいんだ?
「見た目だけで不良だと判断されるのは、君にとって良くないだろう」
言葉につまった俺に、鴻崎は淡々と続ける。
「どうするかは君に任せるけれど」
「……考えときます」
なんだか調子が狂う。まず、生徒を『君』と呼ぶような教師は今までの高校にはいなかった。
「鴻崎せんせー! そいつ、例の転校生?」
職員室に溌剌とした声が響く。制服のジャケットの下に黒いTシャツを着た男子生徒が近づいてくる。柄入りのカーディガンを着ている生徒を見かけたので、校則は緩めなんだなとは思っていたけど、Tシャツの奴は初めて遭遇した。
「オレ、A組の相川壱哉。生徒会長やってるから、わかんねーこととかあったら聞いて。よろしく!」
そう自己紹介をしてきた相川と、担任の鴻崎と肩を並べて教室まで向かう。
「拾は前の学校で部活やってた?」
「……空手。でも一年で辞めた」
「へぇ。でも、めっちゃ強そうだよな」
本当によく喋るやつでテンションも高い。でもうるさくは感じない。特進クラスっていうから頭いいはずなのに、なんかいい意味で裏切られる。
「ていうか、お前、俺とクラス違うのに、なんで一緒にいんの?」
「え。だって仲良くなりたいじゃん? あ、オレのことは、壱哉でいいからさ」
「……相川。拾と仲良くするのはいいが、そろそろ自分の教室に戻りなさい」
黙って話を聞いていた鴻崎も、止まらない相川の様子に呆れて突っ込む。まあ、小綺麗な学校に浮きまくりの俺の恰好に微塵もひるまず、自分のペースを崩さないっていうのは肝座ってんなと思う。
明るめの茶髪の奴らも少なくないけど、俺みたいにド金髪でピアスバチバチの奴はあまりいない。治安は悪くなさそうだ。学校のぱっと見の雰囲気は合格といってもいい。
始業前に慌ただしく廊下を行き交う生徒たちになんとなく見渡していると、ひとりゆっくりとしたテンポで歩く後ろ姿に目が留まる。
長めの髪を緩くうしろでひとつにくくっている。オーバーサイズ気味のセーターの肩の上で柔らかそうな毛先が揺れる。
この角度の後ろ姿を、俺は何度も夢に見ていた。
「天弥?」
意識するよりも前に声に出ていた。むしろ音になってから、自分が連想した人物が誰であったか認識した。
空手教室で一緒だった、あの『あまね』だと。
「……?」
振り向いた無表情に確信する。
「やっぱ天弥だろ!? え、すげえ、偶然! オレ、今日からここに転校してきたんだ!」
同じ東京にいれば、いつか会えるかもとは思っていた。でも、こんなにも早くそれが訪れるなんて。
声を上擦らせて詰め寄った俺に、天弥はやっと表情を動かした。眉を寄せ、胡乱気な視線を向けて。
「…………誰?」
また会いたいと願っていた相手が、自分と同じを気持ちを持っているわけじゃない。そんな当たり前のことに気付けないほどガキのまま、俺の気持ちはずっと止まっていた。
予想外の反応に固まった俺をおいて、天弥は踵を返し去っていく。隣の相川に『ドンマイ』と肩を叩かれても、切れ返す余裕もなかった。
天弥は、俺のことをまったく覚えてない……?
呆然自失。
試験でしか使わないような四字熟語が、頭の中で響いてた。
転校初日の授業。珍しく一切居眠りはしなかった。それどころじゃなかった。
昼休みを知らせるチャイムが鳴ると同時に席を立ち、三年の教室のある階へ走った。昼飯を食べようと学食かどこかに向かおうと教室を出てくる、見知らぬ上級生を押しのけて探す。
A組から順に教室を覗き、E組でやっと目当ての頭を見つけた。机に突っ伏して寝ている天弥の元に駆け寄る。突然の乱入に教室内がざわついたけれど、そんなのはどうでもいい。
「天弥」
さっき見かけたときは髪で隠れていたうなじが露になっている。さらさらとした細い髪と、白い首筋。ごくりと喉がなる。どくどくと心臓が早く打つ。
「……ん」
天弥の身じろぎに、いつの間にか伸ばしていた指先を引っ込める。ふわりと漂ういい匂いのする空気を、手のひらの中にぎゅっと掴み取る。
「あんた、仲村天弥だろ」
あくびを噛み締めながら身を起こす天弥に声をかける。心臓が口元まできちまったみたいに、喉が震えた。
眠そうにあくびを噛み締めていた天弥の目が一瞬はっと開いた気がした。
「覚えてねえ? 俺、空手教室で一緒だった昂二……」
「違う」
遮ったのは、今朝一度だけ聞いた声でも、さっきまでの寝起きの声でもない。
「おれの名前は、伊藤天弥だ」
鋭く、強く、真っすぐで、試合のときにだけ聴くことができた声。
ぞくりとした。
この声を聴きたかった。
姿が、名前が変わっても、やっぱり天弥は天弥だった。
「……天弥、俺と勝負しろ」
何度断られたって、諦められるわけがない。
ガキみたいだと笑われてもかまわない。
あんたからくらった衝撃で、俺の心臓はでっかいヒビがはいったままなんだ。