2015年09月11日

「男子高校生、はじめての」シリーズショートストーリー掲載

「男子高校生、はじめての」シリーズを応援してくださり、ありがとうございます!
第1弾から第3弾のキャラクターはみんな同じ学校に通っていて、お互いに友達同士や先輩後輩のつながりを持っています。
ということで、今回はエイチ、志馬、裕太、参納が登場するエイチ視点のショートストーリーを公開します♪
時期としては第2弾のあと、第3弾の前のお話になります。

第3弾の発売まであと2週間! どうぞお楽しみに☆


volthree_ss.jpg




 どこかから金槌で釘を打つ音が聞こえる。
 放課後の廊下には、喧噪の中にいつもにはない高揚感が混じっていた。慌ただしい空気を感じながら、生徒会室へ向かう。
 文化祭まであと2週間をきった。
 廊下の壁にはポスターが貼り付けられ、それぞれのクラスイベントをアピールしている。部単位だけではなく、クラスごとになにか企画して集客数を競うのが、ウチの高校の伝統だ。
 受験を控えた三年は、準備の簡単なものになりがちだが、琉生のところは女子に男装、男子に女装させる男女逆転カフェをやるという。なにかと対抗意識を燃やすウチのクラスも、『不思議の国のアリス』をコンセプトにしたパンケーキ屋の予定で、こちらも凝った内装を準備している。
 進学校の割にお祭り好きなのは、生徒会長である琉生が大きく影響していると思う。

「あいつの女装、すさまじい反響だろうなー」

 ポケットの中で携帯がメールの着信を知らせる。
 差し出し人は生徒会会計である後輩の参納からで、文化祭パンフレットが無事納品されたということだった。
 実行委員とのやりとりは、参納が提案した情報共有ツールで滞りなく行われていたが、自分専用のPCもスマートフォンも持っていないオレには、参納が重要な用件のみこうして知らせてくれる。
「了解っと」
 携帯をパチンと折りたたんでポケットに突っ込む。
 目の前の階段を昇れば、生徒会室はすぐそこだ。

「………って、三階でいいんだよな?」
「うん。悪い、山吹。手伝わせて。重くないか?」
「全然へーき! 実行委員だからって志馬ひとりにやらせらんねーよ。女子の委員にも重い荷物運ばせらんねーし」

 上のほうから、トーンの異なるふたつの声が降ってくる。
 見上げれば、男子生徒がふたり、それぞれに大きな段ボールを抱えて階段を昇っているところだった。
 ジャケットの下に着たパーカーのフードを揺らすひとりは、小柄な体格のため、段ボールで前方がほとんど見えていないんじゃないかと思う。
 声をかけようと足を速める。

「この辺でいいよ。青海、待ってるんだろ?」
「……一樹なんかしんねー」
「またケンカ?」
「そーじゃねーけど、部室であんなこと……、とにかくオレは怒ってんの!」

 小柄な方が憤りを露わにした途端、ずるっと体が下がる。

「うわっ!」
「っと」

 ちょうど真後ろまで近づいていたおかげで、とっさに体を支えられた。
 小さな背中はそれほどの重みではなかった。目の前の、髪の根本をふわりとスタイリングした頭をのぞき込む。

「大丈夫か?」
「え、エイチ先輩!? ありがとうございます!」

 こぼれ落ちそうなほど大きな瞳を見開いた顔に、見覚えがあった。

「おう。お前、葛葉中の奴か?」
「はい! バスケ部の山吹裕太です!」
「キャプテンから話、聞いてるぜ。ちっこいけど、これから伸びそうなポイントガードなんだってな。頑張れよ」
「………!! あざーす!」

 体勢を整えて、こちらを向いた山吹がペコリとお辞儀をしようとするが、段ボールが邪魔で思うようにいかない。外見もそうだが、動きまで小動物っぽい。

「あ、オレ、志馬にエイチ先輩たちと同中って言ったよな? 二見先輩とのコンビ、超有名だったって!」
「………うん。聞いた」

 山吹の隣りで、同じように段ボールを抱えた男子生徒がぼそりと呟く。こちらは対照的に表情がやや乏しい。
 名前をわざわざ出すということは、志馬と呼ばれる方は琉生の知り合いだろうかと、記憶をさぐる。

「そっちはもしかして陸上部の一年か?」
「そうですけど……」

 生徒会室から眺める練習風景で、この黒髪になんとなく見覚えがあった。

「ああ! おまえ、いつも琉生と一緒に練習してる奴か」
「え」

 フォームが琉生にそっくりだけど、悪くない走りをしていた。確か名前は、川井志馬。「俺がエースに育ててるんだ」 ――そう琉生が言っていた。

「あいつの走り、参考になるだろ。どんどん真似するといいぜ。きっと速くなれる」
「………はい」

 驚いてこちらを見つめる表情に変化はほぼないけれど、微妙に赤らんで照れているのがわかった。案外、素直な奴なのかもしれない。

「エイチ先輩もすっげー速かったし、かっこよかったです! オレ、憧れてました!」

 山吹が眩しそうに目を細めて笑う。こちらの方がくすぐったくなるくらい、純粋な眼差しに、胸の奥がぎゅっと引きつれる。

「そーゆーことあんま言うな。照れんだろ」

 苦笑しながら、山吹が持つ段ボールに手をかける。

「これ、代わりに持ってやるよ。どこに持ってくんだ?」
「えっ1? 大丈夫です! 先輩にそんなことさせられません!」
「いいから。どこだ?」

 強引に段ボールを抱え持つと、そこそこの重さがあった。山吹ではなく、川井に尋ねると、遠慮がちに「生徒会室です」と答えた。

「なんだよ。だったら、そっちもこっちで運ぶわ」

 階段の上のほうに、声を張り上げる。

「おーい、参納ー! ちょっと来てくれ!」

 きょとんと顔を見合わせた後輩二人に、まあ待ってなという視線だけで説明を省く。
 ガラリと扉が開いた音が聞こえたと思ったら、間もなく長身の姿が現れた。

「何か用ですか?」

 悠然と階段を下りてくる参納は、一学年差はあるとしても同じ後輩なのに目の前のふたりとは明らかに体格が異なる。
 こいつなら段ボール2つとも余裕で持てるんじゃないかと思う。

「作業中悪ぃな。荷物運ぶの手伝ってくんねー?」

 自分の両手は段ボールでふさがっているので、顎で川井を指し示す。

「いや、俺は……」
「遠慮するなって。頼んだぜ、参納」
「わかりました」

 参納が手を伸ばし、川井の手から段ボールを持ち上げた。

「……ありがとう、ございます」

「いーからいーから。で、これ、中身なんなんだ?」
「うちのクラスの出し物で使う小道具ですね。1年の教室に誤って届いてしまったようです」

 片手で段ボールを持ち、片手で蓋を開けた参納が、口を開きかけた川井よりも先に答える。

「お前んとこの出し物って………」
「コスプレ写真館です。演劇部が盛んなグループ校から衣装を借りることになりまして」
 首を伸ばして、参納が持つ段ボールをのぞき込むと、警官の制服のような布がちらりと見えた。

「オレたちんとこお化け屋敷なんで、それで混じっちゃったみたいで。開けて中見ても、なんだかわかんなかったから、とりあえず生徒会室に持っていこーってなって」

 初めて会話する参納に気圧された雰囲気の山吹がガチガチに固まりながら説明すると、隣りで川井も小さく頷く。

「すみません。こちらの伝達ミスです」
「ありがとな。ふたりとも」

 礼を言って、階段を昇ろうとしたが、参納がじっと川井を見つめているのに気がつく。けれど、疑問を問いかける間もなく、参納は後輩たちに背を向けて、階段を昇り始める。

「ちなみに二見会長はまだ来ていませんよ」
「ん? 琉生? そういや担任に呼ばれてるから、遅れるとか言ってたな」

 参納が言い残した言葉に首をかしげた。
 琉生が生徒会室に現れる時間はいつもバラバラで、わざわざ確認することはない。なんでいきなりそんなことをと思ったが、山吹の溌剌とした声に意識を戻される。

「エイチ先輩、ありがとうございました!」
「おう。なんか困ったことあったら、いつでも言えよ」
「はい! 失礼します!」

 ぴょこんとお辞儀をして、階段を下りていくふたりを微笑ましく思いながら見送る。

「はぁ〜、先輩ってやっぱオトナっぽいよな〜!」

 階下で遠ざかる声は無邪気で、なんの他意もなく、それが羨ましい。
 自分も以前はそうだったのかもしれない。
 高校に入学した頃のことが、とても遠く感じられた。
 
 春は球技大会、夏は林間学校、秋は文化祭と、一年から三回も繰り返した学校行事で、自分は何をして、何を感じていたのだろうか。
 確かに経験しているはずなのに、記憶が曖昧だった。

「今年で最後か」

 段ボールを抱え直すと、二週間後の文化祭までにやらなくてはならない作業を頭の中で整理しながら、階段を昇り始めた。

(END)
posted by GINGER BERRY at 16:44| 第3弾生徒会役員の密かな謀