「男子高校生、はじめての」第6弾
発売まであと2週間!
発売まであと2週間!
「男子高校生、はじめての」シリーズのキャラクターはみんな同じ高校に通っていて、季節はリアルタイムに流れています。去年1年生だった彼らは2年生に、先輩だった彼らは卒業生となりました。
節目となる第6弾の発売前ということで、第1〜6弾までのオールキャラが登場する、参納視点のショートストーリーを公開いたします!
文化祭を控えたある一日の学園の様子をお楽しみください♪
(文:GINGER BERRY)
制作:木乃実学園映画研究部。
エンドロールが最後まで流れ終わったところで、椎堂が席を立つ。
照明がつき、明るくなった手元の書類に上映時間約30分、増減の可能性あり、とメモを取る。
「よかったよ。まさかうちの映研で、こんな素晴らしい映画が撮れるなんて、椎堂のおかげだ」
映研顧問を担当している教師が、興奮気味に拍手をしている。
「特に問題ないだろう? 参納くん」
文化祭まであと三週間。各部の進捗状況を生徒会役員として確認するため、今日は映画研究部制作の映画の試写を視聴覚室で行った。
とりあえず必要な撮影は終了しているようだが。
「切ってつなぎ合わせただけなので、まだ全然音も編集も間に合ってないです。でも文化祭までには完璧にします」
教師の問いかけに自分が答える前に、監督を担当する映研2年の椎堂が弁明する。
「ああ。生徒会としては、文化祭までに作品として上映できるものが完成していれば問題ない」
昨年の文化祭は動員数を大幅に更新し、収益も過去最大となった。けれど実態を見ると、満足度が高く好評に終わったものもあれば、準備が間に合わず期待外れだったというものもあった。特にジェットコースターを企画したクラスが、当日になって発覚した不具合で中止となったのは校内外ともに大きな不満を残した。
進学校にしては、文化祭に力をいれている所為か、打合せの段階で理想ばかり高くなる傾向がある。そこで去年の反省をいかし、今年から中間報告会をもうけることとなった。
映研は去年までは企画展示だったが、今年は初めて映画製作をする。コンクールで受賞歴のある椎堂が監督するということで、周囲の期待も高まっていた。
「……わかってます」
最低限上映できる体裁が整えればいい、というわけではない。これまでの椎堂の作品を見た印象では、これからブラッシュアップして、繊細なものに仕上げていくのだろう。三週間というタイムリミットは短くはないはずだ。けれど、個人ではなく、部活動として映画を製作をするのは今回が初めてだという椎堂には、今までにない焦りが感じられた。
「俺は好きだけどね、このフィルム」
視聴覚室の一番後ろの席から、のんびりした声がかけられる。組んだ脚を通路に投げ出した姿勢で座っている、美術教師の央田だ。
「央田先生にそう言ってもらえると心強いなあ」
椎堂の余裕のなさに不安を感じたのか、映研顧問の教師がほっと胸を撫でおろす。おおよそ教師らしくない風貌をしている央田だが、実はヨーロッパの美術展で賞を獲ったことがあると囁かれている。央田を取り巻く沢山の噂のひとつだ。だが、誰も彼の絵を見たことはない。
「エロいよねえ、ギリギリ抑制された品のいい執着って感じ?」
「エロい? 今回のテーマは恋愛ですけど、そういったシーンはないです」
央田の言葉に、椎堂が眉をひそめる。
「そーじゃなくて、カメラが。生っぽくてさ、ブラッシュアップするのがもったいないくらい」
ニヤリと笑う央田の意図に気づき、椎堂が拳を口元にあて、顔を背けた。ふたりのやりとりに、映画を見ながら自分も感じていた違和感の正体に納得がいく。
表情をあまり変えることのない椎堂が、耳まで赤くして狼狽えてしまうほどの無意識の衝動。カメラが執拗に追う対象に、今までの椎堂の作品にはなかったフェティシズムを感じた。
「じゃ、完成楽しみにしてる」
央田が立ち上がり、教室を出ようとしたとき、扉が開く。
「参納、試写終わった?」
長身を屈め、生徒会役員の六甲が入ってくる。
「ああ。そっちは?」
「パンフレットなら、運び終わったよ」
生徒会長に就任した際、自分以外は全員女子役員だったが、ひとりが海外留学をしてしまったため、欠員補充として六甲が入った。
同学年の六甲とは、同じクラスだったこともあるが、用件以上の言葉を交わすほどの仲ではなかった。今も同じ役員だからといって、互いに踏み入ることもない。あくまで効率よく、託された仕事を全うしたい自分にとって、笑顔を浮かべながらも慣れ合うことをしない六甲は、やりやすい相手だ。
対人能力に秀でた六甲に教師陣の対応と力仕事を任せることができ、生徒会活動はより円滑でスピーディーなものとなった。
「じゃあ、今日はもう解散でいい」
「そう……センセイは? もう帰ります?」
言いながら、六甲がさりげなく入り口を塞ぐように身体をずらす。脇をすり抜けようとしていた央田は、チラリを上目遣いにそれを見て肩を竦めた。
「ああ? 俺になんか用あるの? 明日にしてよ」
「じゃあ、明日にしますから、今日は一緒に帰りましょう」
「嫌だよ。ぼっちか、お前。なんで生徒と一緒に帰らなきゃいけないんだよ」
「ほら、最近物騒ですからね。通り魔に遭うかもしれないじゃないですか」
「お前みたいなデカイ奴襲う通り魔なんかいるわけないだろうが」
「そう言わずに。それじゃ、参納。お先に」
ニコリと笑って、六甲は央田を連れ出すようにドアを閉めた。
妙な取り合わせだと思ったが、そういえば六甲が美術を選択していたことを思い出す。3年のこの時期に随分と余裕だが、多趣味な男だからあれで案外、美術に興味があるのかもしれない。癖のある央田とも、あの対人スキルでうまくやっているのだろう。美術部に関する雑務は六甲に任せるのがよさそうだ、と頭の片隅に刻んでおく。
「では、文化祭三日前には完成コピーを提出してください」
椎堂と一緒に後片付けをしていた映研部顧問の教師に一言声をかけ、視聴覚室を出た。
* * * * *
渡り廊下に出ると、部活以外にも文化祭の準備で残る生徒が多いのか、下校時間間際にも関わらず放課後の喧騒を感じた。
その中に、聞き覚えのある澄んだ声に思わず足を止める。
周囲を見回すと、体育館の出入り口付近で、Tシャツにビブス姿のバスケ部員らしき二人組と、カーディアガンを羽織った制服姿の男子がひとり、立ち止まって雑談をしていた。 制服姿の男子は、ぱっと華やかで目をひく容姿をしていた。綺麗に髪をセットし、少し長めの袖のカーディガンが、緩い雰囲気を醸し出しながらも隙が無い。先ほどの椎堂の映画に主演男優として出演していた杉本有だ。同じ中学出身の後輩で、当時双子の妹と共に目立つ存在だった。
「有、いつもと髪型が違う! なんか可愛い!」
手に持ったチラシを見ながら、バスケ部員にしては小柄な生徒がはしゃいでいる。おそらく文化祭に上映する映画のチラシが出来上がって、見せているのだろう。映画の中の杉本は洗いざらしの無造作な髪のままで、今の印象よりも幼く見えた。
「一樹、見て見て」
小柄な生徒が隣に立つ長身の男子を見上げる。もうひとりはスポーツドリンクを片手に、休憩中といったところだった。
こちらにも見覚えがあった。バスケ部のエース、青海だ。彼が入学してから、バスケ部はさらに成績をあげ、去年は初めてインターハイに出場した。
「なに?」
「これ、有の映画のチラシ!」
興味がなさそうにぼんやり立っていたところに思い切り腕を引っ張られ、小柄な生徒の頭に鼻をつっこむ。
「む……」
青海は頭に顎を乗せて、ふたりの話を聞いている。
「絶対見に行きたいけど、当日はクラスの出し物で抜けられるかわかんないんだよな」
悔しそうに唸る生徒の頭に合わせて、青海の頭も揺れる。
「裕太のとこ、コーヒーカップだっけ。めっちゃ大変そう」
「うん、みんなすごい頑張って作ってる。オレたち運動部は練習で準備に参加できない分、当日はカップを回す係」
「うわ、マジで人力なんだ」
「力仕事なら任せろ! 有のとこ、綿あめだよな。楽しそう!」
「ん。巨大綿あめに、綿あめドリンク。女子向け狙ってるから」
「じゃあ、有も忙しそうだな」
「でも、うちは五月女と青海がいるから、女の子の接客はふたりに任せて、オレは綿あめ作ってると思う。結構そういうの得意だし」
「え、一樹接客すんの…?」
「……俺、綿あめ作れねーし」
力なく溜息をつき、青海はますます小柄な生徒の頭に顔を埋めた。
手元の書類を見ると、綿あめは2のD、コーヒーカップは2のEだ。綿あめは問題なさそうだが、コーヒーカップは進捗を確認しておこうと思いながら、生徒会室へと再び歩き出した。
* * * * *
「あ、会長」
生徒会室に戻ると、役員の女子生徒が二人、残って書類を書いていた。
「今日の中間報告の結果まとめました」
渡された報告書に目を通す。箇条書きにまとめられたチェック項目。特記事項は最後に簡潔にまとめられている。演劇部、ダンス部、軽音部、それぞれ今のところ問題がなさそうだ。
自分が映研の試写に立ち会ったように、生徒会の仕事は役職に関係なく均等に割り振っている。それがやりがいと責任感を生むのか、今では一年の役職のない生徒でも生徒会代表としてやっていけるようになった。
もともと、彼女たちのポテンシャルは高い。去年の生徒会は、伝説的といっていいほどの強烈なインパクトを残した。比べられることを危惧したのか、今年度の立候補者で男子は自分ひとりだった。経験者である自分が生徒会長に就任したが、二見先輩のフォロワーである彼女たちは皆、有能だった。
「客観的でわかりやすい報告書だった。ありがとう。今日はこれで解散だ」
荷物をまとめ、女子生徒たちが帰っていく。日が短くなり、もう間もなくあたりは暗くなるだろう。
文化祭前といえど、基本的には生徒会は下校時間をすぎてまで活動することはない。そう済むように調整してきた。
時計を見ると17時半。今日は金曜日。このあと、ひとと会う約束をしている。あの人を乗せた電車は、もうそろそろ駅に着く頃だろうか。
戸締りを確認するために、窓辺に寄る。眼下に広がるグラウンドでは、陸上部員たちが走り込みを行っていた。
ここで目を細めて窓の外を眺めていた、彼の姿が脳裏に浮かぶ。彼がここを去ってから、生徒会室に入るたび、思い出さない日はなかった。
あれから、もう一年か。
当時の激情は胸の底にまだ残っている。想いが叶っても、ずっと。
「参納」
自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、窓の下を覗き込む。でもそこには、寒そうに肩をすくませながら見上げるそのひとの姿はない。
代わりに、植え込みの影がふいに動く。
目を凝らすと、ひとりの男子生徒が花壇のヘリに座ったところだった。黒い頭は、まっすぐ前を向いて微動だにしない。誰かを待っているのだろうか。彼の目の前に広がるのはグラウンドのみにも関わらず、携帯をいじることも、本を読むこともなく、ただじっと座っている。
彼が見つめる先に一体なにがあるのか気にはなったが、それよりも今は大事な要件がある。
窓を離れ、バッグを手に取ると、ちょうどスマホにメールが届く。もうすぐつくという簡素なメッセージでも、心が浮つく。
文化祭の準備で浮足立つ校内を抜け、校門に向かった。
* * * * *
「ねえ、さっきのひと芸能人かな?」
「めっちゃかっこよかった!」
昇降口を出て校門に向かう途中、興奮しながらひそひそと話す女子たちとすれ違う。
そんな噂をされるほどの人物に、ひとりだけ心当たりがある。
「あ、参納、ちょうどよかった」
校門に入ってすぐのロータリーにちょっとした人だかりが出来ていた。
その中心にいる人物が、こちらに向かってひらひらと手を振っている。
「なにしてるんですか、二見先輩」
久しぶりに見る彼は、シンプルな私服姿にもかかわらず、一層派手になっていた。高校時代も周囲を惹き付けるタイプだったが、大学生になった今はまとう空気が違う。一際垢抜けた雰囲気は、よく言えば華やかだが、正直チャラいとしか思えない。きっと相当遊んでいるのだろう。
「陸上部に差し入れに来たんだけど、重くってさ。これ、グラウンドまで運んでくんない?」
二見先輩の足元にはアミノ酸ドリンクが入った段ボール箱が2つ置いてあった。おそらくここまでは車に乗せて運んできたのだろう。
「は? なんで俺が。陸上部員に運ばせればいいでしょう?」
「だって、あいつら今部活中じゃん。邪魔したら差し入れの意味ないだろ」
「では他のひとに頼んでください。俺はこれから待ち合わせしているので」
さっさと校門を抜けようとしたが、いいことを思いついたと言わんばかりの二見先輩の言葉に足止めされた。
「おっ、映一と待ち合わせしてんの? じゃあ、アイツに運んでもらおっかな。こういうの喜んで手伝っちゃうタイプだしー」
絶対に、じゃあ俺が、と言わせるためだとわかっていても、それを引き合いにだされたら、黙っていられない。
「途中までですよ。すぐに陸上部員に引き渡しますから」
段ボール箱をそれぞれ1つずつ抱え、二見先輩とふたり、グラウンドに向かう。
「もうすぐ文化祭なのに、下校時刻厳守なんて余裕じゃん」
「今年は生徒会役員の人数も多いですし、計画性をもって進めているので、何も問題ありません」
「ふーん、お前っぽいねえ。順調に進めることを重視しすぎて、中身すっかすかにならなきゃいいけど」
「文化祭を担うのは俺だけじゃありませんから」
結局のところ、生徒それぞれが作り上げ、完成度をあげていくしかない。自分は生徒会長として託された責務を全うするだけだ。ただ、文化祭に訪れたあのひとが残念に感じるものにはしたくはない。
「うん、それがわかってるなら、お前は大丈夫」
不意にかけられた優しい声に耳を疑う。だが、それを問う前に二見先輩は大きく声をあげた。
「おーい、みんなー! 差し入れ持ってきたから休憩―!」
途端に弾かれたようにひとりの男子生徒が顔をあげた。川井志馬だ。キョロキョロと慌ただしく周囲を見回し、二見先輩を見つけると一瞬目を輝かせる。だが、こちらに向けて走り出そうと動いた身体は、隣に俺がいることに気づいて中途半端に宙で固まった。
「志馬―。差し入れ、取りに来てー!」
「は、はいっ!」
挙動不審な川井に、二見先輩がクスクスと笑う。川井に向ける彼の眼差しは意外なほどに柔らかかった。砂埃の立つグラウンドにわざわざこうして差し入れを持ってやってくるのは、きっとあの後輩のためなのだろう。自分の中で少し彼の印象を改めた。
「じゃあ、俺はこれで」
「うん、サンキュ。文化祭、楽しみにしてるよ」
駆け寄ってきた川井にドリンクの入った段ボールを渡し、ジャケットについた汚れをはらった。これでもう役目は終わった。
「えっ、二見先輩、文化祭来るんですか?」
「そりゃね。志馬ちゃんに、コーヒーカップ回してもらわないと………」
話しながらグラウンドの中心に向かうふたりの元に、陸上部員が集まってくる。それ背を向け歩き出そうとしたとき、ひとりの部員が逆方向に向かって走っていく姿が視界の端を過ぎった。
思わず動きを目で追った先、校舎側の花壇で影が動いた。つい先ほど生徒会室の窓から見えた男子生徒だろうか。
立ち上がりかけたところを、陸上部員が手で制し、隣に座りこむ。すると、男子生徒がポケットから何かを取り出し、耳に当てた。携帯に電話がかかってきたのだろうか、陸上部員も顔を近づけて自分も会話に入ろうとする姿は、遠目に見ても見知った仲なのだと感じた。
携帯さえあれば待ち合わせなどどこででもできるだろう。
それでも目の前で彼を待っていたかったのか。
そんな非効率な行動も今なら少し理解できた。
彼らが実際にそう思っているかどうかは、推測の域をでないけれど。
日が暮れ、薄闇が広がり始めたグラウンドを離れ、再び校門に向かった。
* * * * *
「映一さん」
校門に寄りかかって立っている姿を見つけ、小走りで駆け寄る。
「すみません、遅くなりました」
「オレもいまさっき来たとこだし、気にすんなって。文化祭の準備、大変だろ?」
「いえ、そういうわけじゃ…」
ここまでに至る寄り道が様々あったのだけれど、それをわざわざ説明しなくてもいいかと言葉を呑み込む。二見先輩がいま校内にいることを伝えるのも、癪だった。
「文化祭、来てくれますか?」
「もちろん。去年は模擬店とか全然回れなかったから、すげー楽しみ」
昨年、生徒会副会長として、各所の調整に走り回っていた姿を思い出す。倒れそうなほど疲弊しながら身体を酷使するこのひとに、自分にはどうにもできないもどかしさを募らせていた。
「あれから、一年経つんですね」
あの、文化祭の夜から。
「……っ」
意図を感じ取り、口ごもった映一さんの耳がさっと赤く染まる。
一年前俺が起こした、恐ろしく自分本位な衝動をこの人は、受け入れてくれた。
「考えてみたら、後夜祭の真っ最中にあんなことしていて、よく見つからなかったですよね」
当時は綿密に立てた計画のつもりだったけれど、今から考えればとんでもなく無謀で稚拙で杜撰だった。
「……ホント、バカだよな」
目元を赤く染めた映一さんがはにかんだ笑顔を向けてくる。
なんてことのない、この瞬間。でもあのときは、この笑顔を手にいれるためなら、すべてを失ってもよかった。
もし、この出会いが高校ではなく、大学だったら、社会人になってからだったら。きっと好きになっていても、あの熱量をぶつけることはなかっただろう。
「行きましょうか」
文化祭まであと、三週間。
あのときの自分と同じように、燻らせた想いを抱えた人間がどこかにいるのかもしれない。喧騒の中にひりつくような焦燥を感じながら、学校をあとにした。
(END)
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