2017年05月19日

Episode 0 ショートストーリー掲載



スピンオフとなる今回のEpisode0はかつての先生×生徒の恋!
ドラマCD本編が始まる、ずっと前。
彼らが過ごした若き日々が垣間見える、バーバラ片桐さん書き下ろしのショートストーリーを公開!
柊永が再び学園に戻ってきたきっかけとは……。
初恋のひとを思い続ける健気な柊永に思わず胸がキュンとなります黒ハート

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忘れじの面影
(文:バーバラ片桐)


 高校を卒業してから、二十年。
 伏見柊永が久しぶりに出席した高校の同窓会は、不思議な華やぎに満ちていた。
 元クラスメイトが勤務するホテルのパーティルームで行われる同窓会は、それなりの頻度で開催されている。しかし、大学時代に義務感で一度顔を出したものの、それから三十八歳の今日になるまでずっと寄りつかずにきた。
 それでも今回、出席する気になったのは、届いたハガキに気になる一文を見つけたからだった。


「ひさしぶりだなー、伏見! 元気そうでなにより」
 遅れて到着した柊永に、今回の幹事のひとりである佐藤が親しげに話しかけてきた。昔に比べて輪郭はふっくらしたものの、ひとなつこい笑顔は変わらない。
「引っ越してないのは、ハガキが戻ってこないから、わかってたんだけどさ。大学ルートで連絡を取ってみて、よかったよ。おまえに会いたかったやつが、大勢いるぞ」
「そんなはずはないだろ」
 単なるお世辞だとわかっていたから、柊永は軽くいなす。
 柊永は勉強が出来る優等生ではあったが、クラスメイトから人気のある方ではなかった。
 いるかいないのかもあまり意識されない地味なタイプで、今までの同窓会も自分なしで十分、盛り上がってきたはずだ。
 それでも、わざわざ自分に連絡を取ろうとしてくれた幹事の苦労に報いるつもりで、一言つけ足しておく。
「でも、ありがとう。俺もひさしぶりにみんなと会えて嬉しいよ」
 そのセリフに、佐藤が少し目を見開いた。

「どうかした?」
「いや。そんなふうに、おまえに言われるとは思わなかったから」
「そんなに昔の俺は、礼儀知らずで嫌なヤツだった?」
「そうじゃなくて、……おまえ、大人びてたからさ、同級生なんて、眼中にないって雰囲気だった。すごく頭良くて、回りのヤツらがバカに見えてたんじゃないのか?」
「そんなことはない」
 あわてて、柊永は否定した。

 高校生のときの自分は思春期まっただ中で、他人からどう見られるか、自分がゲイであると同級生に見抜かれて糾弾されることがないか、そんなことばかり考えては怯えていた。
 浮いてみられないように、できるだけ息を潜めて過ごしていたはずだ。

「あんま、人を寄せ付けたがらない雰囲気? でも、久しぶりに会ったら、落ち着いているようで安心した」
 そんな佐藤の言葉に、柊永は曖昧に微笑む。

 人を寄せ付けなかったのは、怖かったからだ。
 親しい友人の一人も作ることができないほど、自分の秘密を見抜かれることを恐れていた。普通でいようと努力し、神経が焼き切れそうだった。
 だから、卒業してからは敢えて連絡を取らないようにしていた。
 それでも今日ここに来たのは、同窓会の開催を知らせるハガキに書かれた一文のせいだ。

『なお、今回は恩師である外ノ杜先生にも、ご出席賜ることができそうです』

(単純だな)
 柊永は胸の中で独りごちる。
 
 外ノ杜零――。
 かつての柊永の担任であり、初恋の人だ。
 墓場まで連れていくつもりの初恋だったのに、今さら未練がましく同窓会に出席することに決めた自分が笑える。

「出席、多いんだな。いつもこんな感じなのか?」
 さりげなく周囲を見回しながら、柊永は持っていたバーボンを口に運んだ。
「今回は特別だよ。二十周年だし、外ノ杜先生も参加してくれたから」
「先生はどちらに?」
 言った途端、佐藤はしたり顔で指し示した。
「あそこ。先生に会えるならって、今日の出席を決めたヤツが多くてさ。ああ、今は先生じゃなくて、跡を継いで学園の理事長なんだって」
 示された広い会場の中でも一際華やかな集団に目を向けながら、柊永はもう一度ゆっくりとアルコールを喉へと流し込む。

(学園理事長、か)
 言われてみれば、しっくり来る。
 その落ち着いた、人好きのする風貌も、人格も。
 人をまとめるのが得意な、人望のある人だった。

 ひりつくほど、会いたい日があった。
 卒業して会えなくなってからも、どうにか理由をつけて、母校に押しかけたくなるほど。
 だけど、卒業したあの日に、この恋は諦めたのだ。
 二度と会えない。会わない。
 そんな悲壮な決意をしたのに、卒業式の日は外ノ杜の前で思いきり泣いてしまったけれども。

(抱きしめてくれた)

 あれが、最初で最後の抱擁だった。
 その行為に余計に泣いてしまい、なかなか泣き止めなくなった柊永に、外ノ杜が困った顔をしていたのを覚えている。
 あの腕の力強さを、埋めた胸の匂いを、何度も思い返した。
 だけど、それももう、時間とともに薄れてしまった。

「相変わらず、先生は人気者だな」
「それもあるんだけどさ、先生の奥さん、何年か前に病気でお亡くなりになったんだって。それを知った女性陣が活気づいてるんだよ」
「奥さんを……亡くされた?」
「ああ。しっかし、外ノ杜先生、五十も過ぎたっていうのに、いまだに、心騒がせるダンディっぷり。かなうことなら、俺もあんなふうに歳を取りたいよ」
「あ、ああ……」
「おまえ、先生のお気に入りだっただろ。ちょっと行って、挨拶してこいよ。喜ぶぜ」
 佐藤にうながされて、柊永はためらった。

 あれから、長い月日が経った。
 かつてどれだけ恋い焦がれた相手だろうが、二十年も経てば風貌も印象も変わる。
 しかも高校生のときの記憶なのだから、どれだけイメージが理想化されているか、わかったもんじゃない。
 彼に会うことにすら怯えていたものの、実際に会えば幻滅するだけの結果に終わるだろう。
 そのはずだし、それでいいはずだ。妻がいようがいまいが、自分には関係ない。

(これは忘れるための儀式だ。ずっと引きずってる初恋から、卒業するための)

 それに、柊永にとってはたった一人の初恋の人だったが、外ノ杜にとっては大勢いたかつての教え子の一人でしかないはずだ。
 忘れられているかもしれない。
(いっそ、その方が気が楽だ)
 叶わないと知っている想いを拗らせた自分にとっては、いっそ。
 ぐっと拳を握って、柊永は外ノ杜がいる一角へと踏み出した。


 緊張のあまり息苦しいような気がして、柊永は軽くネクタイに指をからめた。
 だけど、時間をかけてきっちり結んだタイの結び目はそれくらいで乱れることはなく、落ち着きなく軽く眼鏡を押し上げる。
 外ノ杜に会えるかもしれないと気負っていたから、今日身につけているのは、一番お気に入りのスーツだ。
 学生時代と変わらない体型を保っているつもりだったが、自分の今の姿は彼の目にどんなふうに見えるだろう。
 挨拶をすませたかつてのクラスメイトがすっとその前からどいたとき、不意にその姿が目に飛びこんできた。
 衝撃に思わず歩みが止まる。

(変わってない)
 最初に思ったのは、それだった。

 背筋の伸びた立ち姿は、年月を重ねた分風格を増したものの、かつてと変わらず若々しい。
 英国紳士のように着こなした、正統派の三つ揃いのスーツ。
 肩幅の広さや厚さは、記憶にあったままだ。
 趣味のいいネクタイに、胸ポケットに臙脂のチーフをのぞかせている。
 大人になれば、きっとこの外ノ杜のような着こなしができるものだと思っていた。
 だけど、社会人になってようやく、外ノ杜のセンスが卓越していたことを知った。

 何より変わっていないのは、その笑顔だった。
 整った顔立ちに特にドキッとさせるエッセンスを加味するのは、笑ったときに目元に浮かぶ笑い皺だ。
 その皺が、外ノ杜ほど魅惑的な男性はいない。
 穏やかで包容力があって、なおかつ少々の茶目っ気のある素敵な人。

 担任だった当時より少し皺が増え、髪には白いものが目立つようになった。
 だが、それは外ノ杜の魅力を少しも損なうものではない。
 むしろそれらが、人間としての価値を高めているようにすら思えた。

 幻滅するどころではない。
 月日は彼を、より魅惑的な紳士に変えていた。

 目が合った途端、外ノ杜は柊永に気づいて驚いた顔をした。
「伏見?」
 名を呼ばれて、それだけで胸が一杯になる。

(覚えていてくれた)

 ぎこちない笑みを浮かべ、柊永は正面から外ノ杜に近づいた。
「先生、お久しぶりです」
 あふれかえる思いの中で、どうにかそれだけを口に出す。
 ややもすると、声はうわずって震えそうだった。
 高校生のときの自分に引き戻されていくような気がしたが、それでも柊永は職業カウンセラーとして自分を律する。

「君には是非、会いたかったんだ、どうしてた?」
 耳障りのいい外ノ杜の声が、胸にジンと染みこむ。
 そんなふうに声をかけられただけで、柊永は不覚にも泣きそうになっていた。
 感動のあまり質問にもろくに答えられないでいると、外ノ杜は茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「君と連絡が取れないって、今日の幹事の伊藤遙香くんが、僕に泣きついてきたんだよ。彼女はどうして僕が、君の居場所を知ってるかもしれないって思ったんだろうね?」

 何気ない、たぶん場をつなぐだけの問いかけだろうに、そんなセリフに柊永の心臓は縮み上がった。

(どうして、って)
 彼女は自分と外ノ杜が、卒業後も連絡を取り合っていると思ったのだろうか。そんなふうに考えるほど、当時、自分はこの恩師に特別な感情を向けていたことを見抜かれていたというのか。
 女性独特の勘は、バカにできない。

「さぁ。どうしてでしょう」
 穏やかに微笑んだつもりだったが、胸の中で心臓がどくどくと音を立てている。
 いつまでポーカーフェイスを保っていられるのか、自信がない。
 それでも自分も大人になったというプライドもあって、柊永はにこやかな笑顔を保ってみせた。他の元クラスメイトたちの前で、もう少し会話を続けるぐらいなら問題ない態度のはずだ。
それなのに、外ノ杜は軽く周囲を見回してから、そっと柊永の肩に手をかけた。

「飲み物のお代わりを持ってこようかな。君も付き合ってくれ」
 何気なく触れられただけで、柊永は固まる。
 何でもない接触だ。なのに、擦れられた部分をひどく意識してしまう自分がつらかった。


*  *  *



「ここなら落ち着いて話せそうだね」
 外ノ杜は新しい飲み物を持って、ベランダから周囲を見回した。
 パーティ会場があるところは低層階で、そこからホテルにほど近い公園の緑がよく見える。
 のどがカラカラになっていたから、柊永は新しくした水割りを口に含んだ。それを飲み下さないうちに、また魅惑的な外ノ杜の声が響く。

「今は君、どうしてるの?」
 視線を戻すと、ほんの二歩離れたところから外ノ杜が自分をじっと見ていた。
 二人きりだと思った瞬間に、異様なほどのぼせ上がりそうになる。それでも、あまり気づかれないように深呼吸をして、冷静な声で答えた。

「臨床心理士です。非常勤で、いくつかの病院で勤務してます」
「臨床心理士? 君が、カウンセラー?」
 驚いた顔をされる。
 柊永は軽く微笑んだが、その笑顔が維持できずに少しうつむいた。

「自分では順当な道を歩んだつもりなんですが、昔の知り合いには意外だと言われることが多いです。どうも私は、他人……というか、人間に無関心に見えてたらしくて」
「そうだね。僕が知っているころの君は、孤高の存在だった。高い塀を周囲に張り巡らせて、硬い頑丈な殻で自分を守ろうとしているように思えたよ」

 佐藤とは表現が違っていたが、外ノ杜の目にもかつての自分はそんなふうに見えていたのだとあらためて認識する。
 必死になって浮かないようにしていたつもりだったのに、そうではなかった。
 当時の、滑稽だった自分のことを遠く思い出す。

「自分の心が怪物のように思えたこともあって、まずは自分の心を理解したかったんです。今ではそれなりに……ありのままの自分を受け入れられるようになりましたが、苦しんでいる人々の力になりたいと、カウンセラーの資格を取りました。どんな悩みも一朝一夕にどうなるものではなくて、時間も手もかけないと解消しないことが多くて歯がゆいですが。……それなりに、努力はしてます」
「君なら、真摯な仕事をしていそうだ。でも、非常勤と言ってたな。今の仕事に、満足しているのか?」

 どうしてそんなことを聞かれるのかと思いながら、柊永はまっすぐに外ノ杜を見た。
 かつての自分の背伸びした姿を指摘された直後なだけに、素直に現状を伝える気になれた。

「カウンセラーっていうのは、薄給でして。……生活を成り立たせるためには、いくつもの病院を掛け持ちするしかありません。仕事を入れれば入れるほど、忙しさのあまり、患者一人一人に割く時間が削られるのが悩みですね。……勉強や研究も続けるためには、休日や勤務時間外で、学会や勉強会に参加するしかありません。……あまりの忙しさに、自分自身の心のバランスを崩しそうです。ですので、常勤の仕事を探しているのですが、なかなかいいところが見つからなくて」

 臨床心理士のニーズは高かったが、まだ新しい仕事だ。
 給料や待遇面でも、あまり優遇されているとは言えない。
 以前は中堅企業に産業カウンセラーとして雇用されていたが、業務縮小で部門が閉鎖された際に解雇されてしまい、それからはずっと非常勤として細々と仕事を続けている。
 そんな柊永を見て、外ノ杜は穏やかに目を細めた。

「そういえば、うちの学園のスクールカウンセラーが退職することになってね。親の介護の都合ということだが、欠員を補充しなければならない。君さえよかったら、今度、日を改めて面接しに来ないか?」
 その提案に驚いた。
 つまりは、新しい職の斡旋だろうか。
「それは……有り難いご提案ですが」
 
 かつての母校だけに、校内の雰囲気はよくわかっている。
 常勤で働けるならば、まさに渡りに船だ。
 それでも理事長である外ノ杜の部下になることが引っかかる。
 ますます魅力的になった初恋の人のそばで、果たして自分は落ち着いて仕事が出来るだろうか。

「私に務まるでしょうか」
「君ならば、生徒に対してきちんと向き合ってくれるだろうと、信じているけど」
「もちろん、仕事を疎かにするようなことはありませんが……」

 うかつに近づかないほうがいい。
 柊永の理性が、そう警告してくる。
 年齢を重ねるにつけ、ますます魅力的になった外ノ杜と始終顔を合わせることになったら、当時の気持ちが蘇るかもしれない。
 今でも冷静な顔を保っているだけでやっとなのに、この先、またしても当時のような恋情が募って、どうしようもなくなったらどうするつもりなのか。

「自信がないのは相変わらずだね。慎重さは君の美点だが、臆病はよくないよ。それに君は腰を据えて取り組んだほうが、良い結果が出せるタイプだった」

 柊永の葛藤も知らず、外ノ杜がかつての教師の顔でそう励ます。
 そんな外ノ杜のそばにいたいという渇望が、心の奥底からこみ上げてきて、柊永を惑わす。
 プライベートと仕事は切り離して考えるべきだ。
 それはわかっているけれど、この機会を逃したら、もう二度と彼のそばで日々を過ごせるチャンスはない。

「僕としては、是非とも君を推薦したいな」
 外ノ杜は、にこやかに言葉を重ねる。
 柊永はじっと外ノ杜を見つめた。

 愛しい、愛しい愛しい、素敵な人。
 かつて、この笑顔を向けてもらう為にどれだけ努力したことか。
 遠い青春の甘い痛みが、じくじくと胸を刺す。

 いくら妻と死別したとしても、今さらこの恋が進展するはずはない。
 おそらく外ノ杜は性的にノーマルで、同性と付き合おうなんて思わないタイプだ。だから、どれだけ恋い焦がれても、この恋は成就しない。

 なのに、理性は常に、感情にねじ伏せられる。
 想いが叶わなくても、この人のそばにいたい。彼の存在を身近に感じ、その姿を眺めていたい。それ以上は望みはしない。
 ――どこかで浅ましくも何かを期待しそうになる自分を、柊永は心の中でののしった。

(大丈夫)
 高校時代も、ひたすら気持ちを押し殺した。
 今の自分は、訓練を積んだ臨床心理士だ。
 やりきれない思いを律するすべを覚え、心をコントロールできるよう磨いてきた。
 どれだけの恋心が募ったとしても、今までに培ってきたカウンセラーとしての手段を駆使して、この思いは覆い隠してみせる。

「でしたら、よろしくお願いします」
 柊永は甘く微笑んで、握手するために手を出し出す。
「ああ。面会の日を具体的に決めよう」

 でも、その大きな温かい手で強く握りしめられただけで、どうしようもなく胸が騒いだ。

理事長SS用イラスト.jpg

posted by GINGER BERRY at 19:12| Episode0 理事長室で初恋は成就する