今日はドラマCD本編が始まる2ヶ月前、ナナオがやってきてからすぐの頃の藍視点のお話を公開! 文化祭に向けて、真面目に頑張る藍だけど……? 今までのシーズン在学中のメンバーもちょっとだけ登場します。
初恋スプラウト
(文:GINGER BERRY)
(文:GINGER BERRY)
「じゃあさ、月ヶ瀬。ちょっと頼まれてくんない?」
それは8月の終わり。ある登校日のことだった。
相変わらずひとり美術室で絵を描いている央田先生に、文化祭の準備で必要な電気ドリルの融通をお願いすると、貸し出す代わりにと妙な提案を持ち出された。
「2学期から交換留学生がお前のクラスに来るって話、聞いてる?」
「はい。知ってますけど……」
「そいつさ、理事長のとこにホームステイすることになってるんだけど、面倒みてやってよ」
聞けば、その留学生の祖父が央田先生と理事長の共通の知り合いらしい。
その縁もあって木乃実学園に来ることになったが、理事長が細かいところまで面倒を見られるとは思えないから、困ったことがあったら相談に乗ってやってほしい。というのが、央田先生の交換条件だった。
誰かに頼られることは嬉しい。1年もの間、ひとりで家族から離れて異国に留学するのだ、不安や不便なことがあるだろう。その手助けになれればいい。幸い英語は得意だし、多少は喋れる。でも、新学期までの間に練習しておこう。
もちろん、と頷くと央田先生は「たぶん、いいことあると思うぜ。お互いに」と不思議な顔で笑った。
* * * * *
放課後の教室の真ん中で歓声があがる。男女数人が囲む中心にいるのは、2学期からこのクラスに編入してきた留学生、アルバート・ナナオ・エインズワースだ。
「………」
思わず口から漏れそうになった溜息をぐっと呑み込む。
――やってきた留学生には俺の助けなんかまったく必要としなかった。1週間前、「長いし、ナナオって呼んでくれると嬉しい」と自己紹介の時に笑った彼は、いまやクラスの中心だ。
それなのに、何故か彼は妙に俺に懐いてくる。央田先生から何か言われたのかと訊いたが、関係ねーよと一蹴された。今だって、輪の中心にいるくせに、チラチラとこちらに視線を送ってくる。
「なあ、藍。キーボード必死に叩いて何してんの?」
「お前には関係ない」
あっそ。と肩を竦めて会話に戻るナナオに、気づかれないように詰めていた息を小さく吐く。……今の態度は不自然じゃなかっただろうか。
だけど、誰も気にしていないように話を続ける様子に安心した。
努めてナナオを見ないように、ノートパソコンの画面を睨みつける。今日中にやりたいと思っていた作業は、まだ半分も進んでいない。
「でも、ナナオってホント、日本語上手だよな」
「そう? まだわかんねー言葉、いっぱいあるぜ? 例えばさ……」
ボソボソっとナナオが潜めた声で言ったスラングに、みんながなに?と首を傾げる。意味がわかってしまった俺だけがひとり、離れたところで赤面してしまう。それに気づいたナナオが意味深なウインクを寄越してきたが、手元に集中しているフリで無視をする。
いや、実際に集中しないと。
文化祭まではもう2ケ月しかない。クラス出し物のジェットコースターは、俺がやりたくて企画した催し物だ。必ず成功させなくては。
必死で気を取り直し、昼休みに3年の教室で教えてもらった情報を打ち込んでいく。
文化祭当日までのおおよそのスケジュール。予算。作業についての留意点。ジェットコースターの設計図は夏休みの間にほぼ完成させたけど、実際に作ればきっと問題点が出てくるだろう。それに文化祭までと、当日の役割分担。決めなくてはいけないことが、まだまだ沢山ある。
でも、さすがクラス出し物でコーヒーカップを成功させた先輩方の話は、参考になる点が多かった。
『結局、コーヒーカップもジェットコースターも当日は人力じゃん? そーゆー時こそ、俺らの出番!』
『うん。準備とか全然協力できなかったから、手伝えてよかった』
『志馬、すっごい必死で回してたもんなー』
そう話してくれたのは、バスケ部の山吹先輩と陸上部の川井先輩だった。毎日部活があるふたりは、準備を手伝えなかった分、当日参加できたことがよい思い出になったそうだ。そういうことにも配慮しないと……。
「藍ー、ひとりで恐い顔してないで、こっち来いよ」
不意に肩に熱と重みを感じて、身体が跳ね上がりそうになる。
いつのまにか近づいてきたナナオが、俺の肩に顎を乗せるようにして画面を覗き込んできた。
「なに? 設計図?」
「……ああ」
ナナオの声に他のクラスメイト達も集まってくる。もう、こんなにできてるんだと感心するような声が面映ゆい。
「これ、なに作るんだ?」
「文化祭にクラスでやるジェットコースターだ」
「ジェットコースター!? クラスで? そんなことやんのかよ?」
耳元で驚いたような声があがって、反射的に身が竦む。『ジェットコースターを作りたい』――最初にそう担任に相談した時のバカにしたような目を思い出してしまう。クラスのみんなはやろうと言ってくれたけど、外から来たナナオはどう思うんだろうか。こんなこと、出来るはずがないと――。
「すげえ、面白そう!」
「え……」
思わず振り向くと、間近にナナオの顔があった。キラキラした目で画面を見つめるその顔に、ドキリとしてしまう。
ナナオは俺の身体越しに手を伸ばし、画面を次々切り替えていく。
「これがコースか……なるほど、角度をつけて走らせるのか。このカーブは減速用?」
「あ、ああ……速度が出すぎると脱線する危険があるから……」
あまりの近さに思わず仰け反る俺を気にせず、ナナオは画面を見ながら次々と質問してくる。強度のこと、安全装置、加速度と摩擦の計算。俺の工夫を読み取ってくれる質問に、思わず熱をいれて説明してしまう。
それを聞いたクラスのみんなも、興味津々で覗き込んでくる。
「そんなことまで考えてるのかー」
「嘘、ごめん。全部、月ヶ瀬くんに任せてた」
「いや、俺のワガママでやらせてもらってることだから」
一昨年のことだ。どこの高校を受けようか迷っていた俺は、学校の雰囲気が知りたくて木乃実学園の文化祭を訪れた。そこで見たのが、このジェットコースターだった。自分達でこんなものを作ろうとするなんて、その時まで考えたことがなかった。そういうことを自由にさせてくれる高校に来たら、自分のなにかが変わる気がした。
結局、そのジェットコースターはうまく動かなかったけれど、俺はここに入ることを決めた。
そんな話をしたら、クラスのみんなが協力すると言ってくれた。嬉しかった。だから絶対に成功させたい。いや、成功させないと。
「でもさ、なんでコース短くしようとしてんの? こっちの方が面白そうなのに」
じっと設計図を眺めていたナナオが、目ざとく見つけて声をあげる。
よく気がついたな、と俺は内心驚いた。最初に設計したのは、教室の入り口をスタートにして、ほぼ1週回るコースだった。けれど今はそれをコンパクトにして、半周程度に変更してある。
「予算が足りないんだ。それにスケジュールも」
「なにが買えないんだよ」
「主に木材だな。工事現場の廃材を譲って貰えればいいんだろうけど」
「探せば?」
簡単に言うと、ナナオは身体を起こした。みんなの顔を振り返り、ニコっと笑う。
「誰か、そーゆーの知らない? なんか板が余ってそうなとこ。ありそうじゃねえ?」
クラスメイトたちが顔を見合わせる。
ナナオはそう言うけど、この周辺は俺も探してみた。だけど、そう都合良くは見つからなかった。多分、無理だ。
と、女子のひとりが小さく「あ」という声をあげた。
「工事じゃないけど、いま、うち、リフォームしてるから、聞いてみることできるかも」
「確かにリフォーム会社だったら、廃材について色々情報があるだろうけど……」
迷惑じゃないだろうか。リフォーム会社にも、それに彼女のご家族にも。
そう思って断ろうとした俺よりも先に、ナナオが親指をグッとあげる。
「よし、決まりな! カナコの家ってどこ?」
「え……? ナナオくんが来るの?」
「だって、こういうことに使うってキチンと話したほうがマトモに聞いてくれるだろ。藍と一緒に行くよ。他にも行きたいヤツいる?」
「俺も行っていい?」
「もちろん」
「これから来る? だったら家に電話しておくけど」
「そーだな。どうする藍? 行ける?」
瞬く間に、話が進んでいってしまう。うまくついていけなくて、結局口に出せたのは「……迷惑じゃないか?」なんていう、不安だけだった。それに彼女はあっさり首を振る。
「全然。あっ、来てもらってもダメって言われちゃうかもしれないけど、いい?」
「それはもちろん。でも……」
「気にしないで。ほんと、迷惑とかないから。……なんかね、前から、もうちょっと手伝えたらいいなって思ってたんだ。でも、月ヶ瀬の邪魔したら悪いかなって」
「邪魔?」
意外な言葉に、目を瞬かせる。手伝ってもらって邪魔だなんて思うはずがない。それなのに、彼女の言葉になんとなくみんなは頷いている。
俺の態度がなにかそう誤解させたんだろうか……。
黙ってしまった俺に、ナナオが大きく溜息をついた。
「あのさ、藍。みんな、もっと巻き込まれたいんだよ。せっかく面白そうなことしてんだから、独り占めしてないで一緒に遊ばせろって」
「独り占めなんてしてない」
「そーかなー? だって、オレ、今まで藍がそんなことしてるなんて全然知らなかったぜ」
「確かに、説明が足りなかったことは悪かった……」
「そーゆーことじゃねーよ」
ナナオの大きな手がぬっと伸ばされる。一瞬、掴まれるのかと身構えたけれど、その手は思いの他柔らかく肩を撫でた。
「ひとりで頑張るなってこと」
「え……」
「藍が頑張ってるのなんか、みんなわかってるんだよ。だから手伝いたいの。な?」
「そう!」
ナナオの言葉に誰かが大きく賛成する。それから口々に、出来ることはないかとか、ひとりでやらせて悪かったとか、月ヶ瀬につい任せちゃうんだよなとか、マジで設計図感動したとか、たくさんの言葉が降ってくる。
全然、悪くなんかないのに。一瞬驚いて、でも、腑に落ちる。
そうだった。みんなは「協力する」って言ってくれたんだ。それなのに何も言わずに俺が勝手に進めていたから、どうしていいのか、みんな困っていたんだ。
さっき聞いた山吹先輩たちの言葉を思い出す。『俺らの出番!』『手伝えてよかった』そう言っていた先輩達はとても楽しそうだった。それを俺はちゃんと聞いていたのに。
迷惑をかけたくないなんて、偉そうなことを思っていた自分が恥ずかしい。
「ごめん」
「なんでそこで謝るんだよ」
ナナオが呆れたような声をあげる。
――ああ、そうだ。謝るのは間違ってる。
俺はみんなをぐるっと見回した。なんとなく照れくさそうな顔をしているのはお互い様だ。俺もみんなも、ナナオみたいにうまく話せない。お互いに気を遣って、色んなことを曖昧なまま、なんとなくよしとしてしまう。
でも、そうじゃない。そういうことを俺はしたいんじゃなかった。
「……ありがとう」
小さく呟いた言葉に、みんながほっとしたように笑う。
なんだか嬉しくて、じわっと胸が熱くなる。よかった。間違えなかった。思わず綻んだ顔は、だが次の瞬間、大きなものにぎゅっと押しつけられた。
「!?」
「やっべ! 藍、ちょーかわいー!」
それが俺を思い切り抱きしめるナナオの腹だとわかった瞬間、ぶわっと全身が発火するように熱くなった。いつもナナオがつけているフレグランスの香りが、鼻腔から脳まで染み込んでくる。硬く筋肉質な腹。強い腕の力。生々しい体温。息ができない。
「ナナオー、離してやれよ。月ヶ瀬、固まってんぞ」
「やだー」
「やだじゃねーぞ。なに、可愛こぶってんだよ」
ドッドッと鼓膜を叩くような心臓の音に、みんなの笑い声がひどく遠い。
「藍は嫌じゃないだろ?」
冗談めかしてそんなこと言いながら、身体を離したナナオと目があう。と、その目が驚きのような表情に見開かれた。反射的に俺は彼を突き飛ばし、立ち上がる。どうしたらいいかわからず、伸びてきたナナオの手から逃げるように、そのまま教室を飛び出した。
――どうしよう。絶対に変だと思われた。もしかしたら、気づかれたかもしれない。
飛び込んだトイレのドアの鍵を閉め、大きく何度も深呼吸する。
恐る恐る下げた視界に映る股間は、ズボン越しにも無様に勃ちあがっていた。それに絶望的な気持ちになる。
違う。違う、そうじゃない。
股間に伸びそうになる手をぎゅっと握りしめて、必死に自分を落ち着かせようと、何度も何度も繰り返す。
ナナオは誰にだって優しい。俺が特別な訳じゃない。勘違いするな。抱きしめられて興奮する俺がおかしい。そう、俺がおかしい。
身じろぎをする度に微かに匂う移り香に気が狂いそうで、食いしばった奥歯が軋んだ音をたてる。
俺はナナオが好きなんだ。たぶん。きっと。最初から。ずっと。
わかってた。でも認められない。認めたくない。
ナナオは俺の理想だった。顔も、声も、鋭さも、優しさも。俺とはまったく違う彼を、知るほどに焦がれる。
だから。
これ以上、近づいてはいけない。絶対に。絶対に、これ以上。
深く静かに息を吸う。心を平らかに、すべての底に押し込める。
大丈夫。俺は出来る。気づかせたりしない。悟らせたりしない。ただのクラスメイトとして、1年間、何もかもを隠し通してみせる。
――たとえ、それで彼に嫌われてしまったとしても。
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