スピンオフ第2弾となる今回のEpisode10は、
恋人同士となった、かつてのクラスメイト達の恋☆
木乃実学園を卒業して十年が経ち、
恋人同士の付き合いも十年が経った
いまの2人の日常が垣間見える、
和泉桂さん書き下ろしのショートストーリーを公開!
互いを想う気持ちが溢れる、
ラブラブなスキンシップには胸キュン


けれど、どこか家史を切なくさせている理由とは……?
ドラマCD本編にてどうぞお確かめ下さいませ

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恋のリミット
(文:和泉桂)
(文:和泉桂)
「鴻崎先生、ちょっといいかな」
放課後の私立木乃実学園では、窓の外から部活動に励む生徒たちの声が聞こえている。
理事長室から顔を出した理事長の外ノ杜零に呼び止められ、数学教師である鴻崎家史は足を止めた。
「はい」
そのまま理事長室に入るよう促され、家史はそれに従った。だが、わざわざ理事長に呼ばれる覚えはない。もしや、自分の勤務態度や生徒に対する指導に何か問題があったのではないかと、小さな不安を覚えた。
「じつは、君のクラスの高階くんのことなんだが」
単刀直入に低い声で問われ、その響きの美しさに少し聞き惚れそうになってしまう。
家史はこの学園のOBなので、高校生のときから彼を知っている。あのときからずっと、外ノ杜は尊敬すべき立派な人物であってそれは今でも変わらない。
「あ、はい」
高階響己は家史が担任する生徒で、デビューしたばかりの人気アイドルユニットでセンターを務めていた。高階はデビュー前から人気があったし、見るからに華やかなオーラを放っている。彼を知らない人でさえも、一目見れば『人とは違う』何かを持っていることがすぐにわかるだろう。
「BSなんだが、テレビ局から密着取材の申し込みが来ているんだ。できれば授業の様子を撮影したいとか。――どう思うかい?」
「それは……理事長こそ、どうお考えなのですか?」
「高階くんの活動をバックアップできるのであれば私はかまわないが、テレビに映りたくない生徒もいるだろうからね。それで、君のクラスのことだから、君と高階くんが決めるべきだろうと思ったんだ」
そういうところで教師の自主性に任せてくれるのは有り難いが、すぐに結論を出せる内容でもなかった。
「考えさせてください」
「もちろんだとも」
理事長は微笑する。
「そういえば、君、OBの十倉くんと同じ学年だったよね。登山部の。覚えているかい?」
「えっ」
思わず声を上擦らせてから、家史は我ながら取り繕った返事をしてしまう。
十倉大翔――高校の同級生にして、今でもつき合っている人物の名前を出されて、いったい彼は何を知っているのだろうかと不安に声が震えた。
「ああ、はい……覚えています」
「秋の校外学習で登山をするだろう? あのときに使う予定のアプリ、十倉くんの会社が開発したものなんだってね」
「ええ、その話は聞いています」
大翔の経営するベンチャー企業は登山系のアプリを開発しており、その性能が各国の愛好家から高く評価されているのは、もちろん家史も知っていた。
「卒業生が世界的に有名なアプリを開発するなんて、私も鼻が高いよ」
「彼は僕たちにとっては憧れでした。人望と行動力があって、いつも誰かを惹きつけていて。何かすごいことをするんじゃないかってみんなが思っていましたから」
「そういえば、君たちは同じクラスだったな」
「はい」
恋人を褒められる誇らしさから、つい、話しすぎてしまったと家史は真顔になる。
理事長が二人の関係を知らないのであれば、あえて声高に伝えるようなことでもなかった。
そこからあとは単なる世間話のようなもので、それ以上大翔について突っ込まれなかったことにほっとしつつ、家史は帰宅した。
* * *
「……どう思う?」
「どうって? 俺は嫌だな」
帰宅後、ソファに腰を下ろした傍らの家史が経緯を説明してから尋ねると、大翔はさくっと答えた。
高階のことは前々から話題に出していたので、大翔は彼については知っている。テレビでも見かけるし、名前も覚えているようだった。
「どうして?」
「どうしてって、俺の美人委員長の存在が日本中に知られちゃうんだよ。競争率が上がるかもしれないし」
意外とくだらない理由を示され、家史はため息をついた。
「もう委員長じゃないし、僕が取材されるわけじゃない。それに、BSって言っていたから、限られた人しか見ないはずだ」
「相変わらずクールだな。……ってBS!?」
「うん」
「だったら、ますますだめだよ! 日本どころか、海外でも見られちゃうじゃないか!」
「…………」
どうリアクションすればいいものかと、家史は思わず黙り込む。
「ともかく、企画書は見せてもらったほうがいいね。どういうコンセプトなのかわからないと、おまえも高階くんだっけ? 彼も困るだろうから」
つき合いが長いだけあって、彼は家史が本格的に呆れる前に話題を切り替え、きちんとしたアドバイスをしてきた。
「そうだね。それに、僕が心配なのは周りの反応なんだ」
家史はそう言って、氷が溶けきった麦茶を一口飲んだ。
「周りって、同じクラスの子?」
「そう。確かに高階くんは学校を休みがちだけど、その分努力している。だけど……だからこそ、それをずるいと思う生徒だっているだろう。彼が特別扱いされていることに、何か不満だって出るかもしれないし、それを本人にぶつける人もいるかもしれない」
「俺は平気だと思うよ」
からっとした返事だった。
「え?」
「その子は、たとえどんなに大変でも学校を続けるガッツがあるんだろ。アイドルの世界なんてもっと厳しいんだろうし、ちょっとみんなから浮いたくらいじゃ、気にしないと思うぜ」
楽天家の大翔らしい、確信と希望に満ちた発言だった。
「それに、世の中のほとんどは特別じゃないやつだ。でも、それを認められなきゃ、特別を目指すこともできない。だから、自分がありふれた人間だって自覚するのはいいことだと思うよ」
「傷つかないのか」
引き込まれるように、家史は聞いてしまう。
「べつに、傷ついたっていいじゃないか。まだ高校生だ。どうとでもなる」
本当に、大翔は強い。
それはただの傲慢ではなく、他者の可能性を信じているからだというのが、口ぶりからわかる。
「……君は気楽だな」
「そう言う家史は優しいな。ちゃんと結果も考えてるんだからさ」
「僕は、自分が責任を取りたくないだけだ」
「それだけとは思えないけどな。おまえみたいな教師がちゃんとサポートしてくれるから、平凡で弱いやつだって頑張れるんだと思うぜ」
いきなり褒められたことに動揺したが、それを顔に出す家史ではない。
日夜、大翔にクールだと言われるほど、表情には特に何も出なかった。
「褒めても何も出ないよ」
それでも照れ隠しに立ち上がろうとしたが、その手を大翔がぐっと掴んで阻む。
「せめて、抱っこくらいはさせて。褒めた分」
「……現金だな」
ぎゅっと抱き竦められて距離が近くなったせいで、耳許で大翔の美声が広がる。
「それにさ、高校生って意外と打たれ強いんだ。いろいろなことがあってもちゃんと乗り越えて、それを糧にする」
「――珍しく説教臭いな」
「ほら、俺の今の仕事がそれを示してるだろ? 転んではただでは起きないってやつ」
にこっと笑った大翔が、今度は家史の頬を両手で包み込んできた。
距離が、近い。
大翔だってかなりのイケメンなんだから、それを至近距離で見せつけられると――困る。
「おかげでこうやって、めちゃくちゃ美人の恋人もいるわけだし?」
「それは」
「大好きな相手とこうやって一緒に暮らせて、すごく幸せだよ」
そう言った大翔が顎に触れてきたので、反射的に目を閉じる。
これがキスの合図だって、もう知っているからだ。
「ン……」
唇を押しつけるだけのキスは、とっくに卒業した。こうやって舌と舌を絡める深いキスに、大翔の情熱を感じて息苦しくなる。
好きだとかそれに類することを言われるたびに、自分もだと無邪気に告げられないことが苦しくなる。
「ん…ふ……んん……ッ……」
好きだ。大翔のことは好きだけれど、この関係は細い糸のようなもの。かろうじて十年前の約束がつないでくれているだけで、それも期限が来れば何もかもが終わってしまう。
「家史……いい?」
ソファに押し倒されそうになり、家史は慌てて大翔の胸を押し返した。
「だめだ。今日はしないからな」
「なんで?」
大翔はきょとんとしている。
「まず場所がだめだ」
「は?」
「ソファが汚れる。それに、君は明日からアメリカなのに、荷造りしてないだろ」
できるだけ厳しく言ったつもりだった。
「ええ? アメリカくらいなら最低限で大丈夫だよ。何度も行ってるし」
「だからって忘れものをしたら、買い物に行く分時間のロスになる」
「まあ、そうなんだけどさ……俺のこと補充しておかないと、淋しくない?」
補充という言い方がちょっと即物的に聞こえ、ドキッとする。
「…淋しいわけがないだろ。こっちはこっちで部活もあるし忙しいんだ」
「天文部は夜まで拘束されるからなあ」
大翔がため息をつく。
「でも、その星のおかげで俺たち……」
そこで彼が不自然に言葉を切る。
「え?」
「何でもないよ。家史がめちゃくちゃ可愛いなって思って」
不自然なごまかし方だったが、追及しないほうがいい。
あれは――あの約束について触れずに済むなら、一生黙っていたほうがいいのだ。
そうすれば、束の間、二人は一緒にいられる。
まだ破滅は訪れずに済むから。
「…………」
それを聞かなかったことにして、家史は大翔の躰を軽く押し退けて立ち上がる。
取り残された大翔と一緒に、ぬくもりまで離れていくようだ。
キッチンに向かった家史が冷蔵庫から取り出した麦茶のボトルは、やけに冷えて感じられた。
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