2019年09月15日

「男子高校生、はじめての」オールキャラSS掲載



「男子高校生、はじめての」シリーズの季節はリアルタイムに流れています。

発売当初は高校3年生だった二見やエイチも、今年で大学4年生。そろそろ就職が見えてくるような時期になりました。
4thシーズンスタートの前に、これまでの攻キャラオール出演・六甲視点のショートストーリーを公開るんるん 第11弾の攻くんもちょっぴり登場していますので、もうすぐ始まる4thシーズンの予習もどうぞぴかぴか(新しい)
今回、どうしても出番を作れなかったナナオたちは、なにかの機会にあせあせ(飛び散る汗)



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(文:GINGER BERRY)


 暑さは一段落したものの、いまだ騒がしいほどに蝉の声が降り注ぐ9月の休日、僕――六甲綾人は央田先生に呼び出されて、久しぶりに木乃実学園高校を訪れていた。
 卒業したての頃はそれなりに美術室を覗きに行ったけれど、どちらかの家で夜を過ごすことが殆どになってからはそれもなくなった。そもそも、均質な制服集団のなかで、私服姿は目立ちすぎる。

 かといって、高校が懐かしい訳でもない。
 特に、入ったこともない職員用の会議室に、あまり縁のない人々と共に集められている現状とあっては。

「理事長、遅いねー」

 氷の溶けかけたアイスコーヒーを一口飲んで、二見先輩がぼやく。
 さっきまで参納をからかって遊んでいたが、それにも飽きたらしい。散々オモチャにされていた参納は、ムッツリ黙ってスマホをいじっている。

「そろそろ来るんじゃないでしょうか」

 二見先輩の言葉に時計を見上げたのは五月女だ。
 五月女慧斗。元美術部の子。
 僕以外とは初対面らしい彼は、さっきから居心地が悪そうに椅子の上でかしこまっている。

「五月女は十五分前に来てたんだって? 真面目だねー」
「いえ……」

 参納が相手をしてくれなくなったので、今度は標的を五月女に変えたのか、二見先輩が彼に話しかけた。チラリと五月女がこちらに視線を寄越してくるが、さりげなくスマホに視線を落とし、『お構いなく』というスタンスを貫く。
 とはいえ、僕がセンセイに送ったメッセージは、返信はおろか既読もついていない。

「失礼します」

 会議室のドアがガチャリと開いた。
 椎堂が、見たことのある長身の男を案内して入ってくる。

「なに。青海も呼ばれてんの」
「っす」

 青海一樹。バスケ部元エースだ。
 うちの高校をインハイに導いた立役者と言われていた彼は、大きな身体を窮屈そうに丸めて、入り口近くに腰を下ろした。

「これで全員揃いました」

 椎堂がホワイトボードの前、いわゆる議長席に腰を下ろし、皆の顔を眺めまわす。
 集められたのは全部で6人。

 ひとつ上の二見先輩。
 同じ学年の僕と参納。
 ひとつ下の椎堂と青海。
 五月女は、確かそのさらにひとつ下だ。

 メンバーに共通点はない気がするけど、一体なんなんだ?

「全員って、肝心の理事長が来てないじゃん」
「理事長は、学園側の出演者を待っているところです。もうすぐ来ると思います」

 ……出演者?
 不穏な単語に思わず眉根が寄る。というか……。

「なんで俺達、集められてるんすか?」
「青海、知らずに来たのかよ!?」
「裕太が行けって」
「山吹なら、きちんとお前に説明すると思うが」
「……してた気するけど、話よりしたいことがあって聞いてませんでした」
「あの、俺も聞いてないです」
「えー、五月女も?」

 ……やばい。
 まさか自分も知らないとは言えず、僕は貼り付けた笑みのまま、目の前に置かれたアイスコーヒーを一口飲んだ。


『朝10時。木乃実学園』

 今朝、ものすごくレアなことに央田先生からメッセージが届いた。このところ創作に没入しているセンセイからの呼び出しに、なにかあったのかと慌てて電話をしたけど繋がらず、とにもかくにも駆けつけたのがつい先程だ。
 だが、高校に着くと何故か校門のところに鴻崎先生が待ち構えており、強制的にここに連れてこられた。ちなみに央田先生は学校に来てもいないらしい。嘘だろ。

「理事長が遅れているようなので、俺から先に説明します」

 そう前置きしながら椎堂が話し始めた。曰く。

「木乃実学園の記念ムービー?」
「はい。俺は高校在学中に映画研究部で二本、学校紹介ムービーを制作しました。本来ならば、今年も現役の映研メンバーで撮るのが筋ですが、経験が浅いということで俺がOBとして監督を依頼されました」

 この学園で高校時代を過ごし、成長し、目標を見つけ、それを糧に新しい世界へと羽ばたいていく。
 それが今回のムービーのテーマだと椎堂は説明した。

「俺が3年のときに椎堂が作った学校紹介ムービー、今でも見返すことがある。それを見せた卒業生もとても喜んでいた」
「ありがとうございます。現役メンバーとミーティングをして、今年は記念イヤーなので少し長めの、といっても5分程度の尺ですが、ミュージックビデオを撮ることになりました」
「俺たちは歌わなくていいって聞いてるけど」
「皆さんに集まってもらったのは、卒業生として撮影にご協力いただく為です」

 要するに、ムービーの『羽ばたいていく』パートで、『卒業後に様々なご活躍』をしている皆さんとして出演するのが、ここに集められた僕らなんだそうだ。
 そんなものに出演するなんて、心の底からご遠慮申し上げたい。
 拒絶を全面に押し出した笑みで椎堂へと向き直る。

「――青海はわかるよ。大学バスケでも活躍してるって聞いてるし。だけど、僕は関係ないんじゃないかな」
「六甲先輩は、俺が推薦しました。皆さんの在学中の写真も使用したいと思っているのですが、六甲先輩は卒業してからのほうが表情が生き生きとしているので、そのギャップが画面に映えると思ったので」
「ねえ、それ、ディスってるの?」

 遠回しに、在学中は表情が死んでたと言われて乾いた笑いが漏れる。これでも好感度高いって思われてたんだけどな。しかも卒業したら生き返ったっていうんじゃ、高校のイメージが悪くなるだけじゃないか?
 僕の内心を忖度することもなく椎堂は言葉を続けた。

「違います。六甲先輩のアンバランスさと異質感はこのムービーの中で必要だと思ってます。学生生活は人生においてフェーズのひとつで、多様性がこの学園の特色ですから。それに先日、公認会計士の試験に合格されたと央田先生から聞いたので、卒業生代表として申し分ないでしょう」
「受かったって言っても、まだ筆記だけだけどね」

 ……しかも、ここでセンセイの名前を出すのはわざとなのか?
 いや、もうどこから突っ込んでいいのか、わからない。今までの経験上、センセイと椎堂が仲よくしているのを僕が嫌がっているのは、伝わってると思うんだけど。
 でも、そうか。椎堂とそんな話をしたんだ。
 僕の話を他人にするセンセイというのがなんだか新鮮でソワソワする。
 そもそも、今回の呼び出しだってセンセイだし、彼はこの映画制作に僕を関わらせたいのだろう。
 でも、どんな意図で?

 僕が黙ったのを了承と取ったのか、椎堂はさっさと話を進めていく。

「青海先輩はバスケの練習風景。二見先輩は病院での実習風景。参納先輩と五月女は大学での様子を撮影したいと思います。それ以外にもアメリカの姉妹校については、向こうの大学に進学した卒業生に協力してもらう予定です」
「あ、じゃあさ、俺のパート、もう一人足してもらっていい?」

 ふんふん、と聞いていた二見先輩がスルリと笑顔で話に割り込む。

「ウチの卒業生で、同じ大学の後輩がいるんだけど。看護学部だから、まだ珍しい男の看護師候補ってことで、バリエーションも出るし」
「私情ですね」
「あーはいはい。映一が忙しくて放置されてる参納くんは黙っててー」
「別に放置されてません」
「こないだ映一から『最近忙しさを理由に甘えてる気がする』って聞いたけど」
「……それでなんと答えたんですか」
「教えなーい」

 人を殺しそうな目で参納が二見先輩を睨んでいる。が、ふっと突然笑みを浮かべると、左手でわざとらしく眼鏡を押し上げた。
 あ。薬指。うわ。

「あなたが忙しさにかまけて恋人を放置した際に、映一さんが落ち込んでいるのを励ましてあげていたそうですね」
「その話、いまする!?」
「あなたが自分の所業を棚にあげて、放置と言いだしたのでは?」
「いや、だから、あれはそういうんじゃないんだって……」

 珍しく二見先輩の言葉にキレがない。この人も、恋人には弱いのか。なんとなく、俺様二見様って感じで、一方的に捧げられる愛情の上に胡坐をかくタイプかと思っていただけに、意外だ。

「映一さんも、当事者ではない第三者に吐露することで、気持ちを整理しているのだと思います。それは恋人の立場の者にはできないことですし、そういった存在はありがたく思ってますよ」

 くいくい、とシンプルな銀の指輪を見せつけるようにして、ドヤ顔で参納がのたまう。
 ムキになってるんだか、余裕があるんだか。でも、楽しそうで何よりだ。

 参納とは少しの間、生徒会で付き合いがあった。
 いつも表情も変えずに淡々と業務をこなす彼とは、余計な話をしなくて済むので楽だった。でも、なにかの折に、参納の恋人である『美人の大学生』の話題が出たことがあった。ほんの一言か二言だけの短い会話だったけれど、無感動な表情が緩んだのが印象的だった。
 なるほどそれが『映一さん』というわけか。

 しかし指輪……、案外オープンなんだな。
 というより、二見先輩には気を許しているのか。
 いや、これが本来の参納なのかもしれないけど。

「じゃ、俺も裕太と一緒で」
「相変わらず、青海は山吹と仲がいいんだな」
「はい! いま、一緒に住んでるんスけど、アスリートの体作りには食事が大切だっつって、すげえ美味い飯作ってくれるんです。あとトレーニング方法とかリハビリ方法とかめちゃくちゃ勉強してて……」
「わかった。……各自のパートについては、後ほど個別に相談します」
「ヨロシクー。つか、大学とか病院とかで撮影するなら、許可どーすんの」
「それは学園側が交渉するそうです」
「んじゃ、俺らは特にすることないって感じ?」
「まず撮影場所の下見をしますので、可能であれば同伴してください。その際に、通常の授業風景等についてのヒアリングも行うつもりです。その後、俺のほうで絵コンテを切りますから、当日はこちらの指示に従っていただければ問題ありません」
「メイクしたりライト当てたりすんの?」
「多少は。基本は自然光メインでいきたいですが、屋内での撮影が多くなりそうなので」
「メイクって、化粧すんのか?」
「いや、化粧というほどじゃ…」
「――あの」

 盛り上がりかけた話を遮るように、五月女が慎重に声をあげた。
 生真面目そうな顔には渋い表情が浮かんでいる。

「映画制作には興味あるんですが、出演するのはちょっと……。美術系に進学したって言っても、教育大ですし、あんまり目立つことは好きじゃないので」
「そうなのか? 君の兄、五月女春惟からはOKの返事をもらっていた」
「え?」
「美大に進学をした人間を探していた時に、有から五月女の弟がそうだと聞いた。五月女兄は『絶対出して! 弟、ちゃんと説得しとく!』と言ってたが……」
「……あいつまた勝手にいい加減なこと……」
「承諾は得ているのかと思って、他の候補は探していないから、協力してくれると助かる」
「……でも……」

 五月女は困ったように目線を泳がせた。相当、嫌なんだろう。
 気持ちはわかる。センセイ経由での話でなければ、五月女より前に僕が帰っていたところだ。
 さて、椎堂はどうするつもりだろう。

「行き違いあったようだな。ちょっと待ってもらっていいか」

 椎堂がポケットからスマホを出して操作すると、すぐに着信音が鳴った。

「……ああ。……五月女弟が了解してなかった。兄は何と言っていた?」

 通話先の声が静かな会議室によく響く。発声の問題か? 聞き覚えのある、よく通る声だ。

『えー、弟くん、出ないの? ゼッテー五月女駄々こねるよ。だって、うちの弟めっちゃカッコいいから全世界に見つかっちゃうとか、お赤飯炊かなきゃとか言って興奮してたもん』

 スマホを耳から外した椎堂が五月女に向き直る。

「だそうだ。君が出ないと知ったら、五月女は相当残念がるだろう」
「…………」

 あんなに機嫌が良かったのは、そのせいか……と五月女は頭を抱える。やっぱりちゃんと問い詰めておくべきだった……、と呟く彼は困ったような、面映ゆいような顔をしていた。
 その表情で、彼の兄が彼にとって特別な存在であることが、わかってしまう。
 というか、こう言えば絶対に断られないと思ってやってるよね、椎堂。
 そんなところに彼の変化を感じる。

 以前の椎堂ならば、無理ならいいと簡単に諦めたかもしれない。でも、きっと今は違うんだろう。
 もしかして、さっき央田先生の話題を出したのも意図的なのかな?
 だとしたら面白いけど、そんな回りくどいことはしない気もする。

 『映画はひとりで作れるものではないですから』……なんの時だったか、そんな話をセンセイとしていた。作れば作るほど自分の中に潜っていくセンセイは『俺には無理だわ』と笑ってタバコをふかしていた。

 他人と関わり広がっていく椎堂の世界は、あの美術室から遠くなっていく。
 ――きっとセンセイはそれを僕に見せたいのだろう。
 試されていることを感じて、複雑な愉悦が湧き上がる。
 時折こうやって、センセイは自分以外の可能性を示しては僕の選択に再考を促す。ある種の責任感と自己卑下と、裏返しの独占欲。最後のひとつは僕の希望的観測だけど。
 いいよ、センセイ。じゃあ、僕は椎堂に協力しよう。望み通りに他人と関わって刺激を受けて『結構楽しかったですよ』とか笑ってあげる。
 そしたら少しは面白くないって顔をしてくれる?

「椎堂、確認したいんだけど、個人名とか学校名とかは出るわけじゃないんだよね?」
「クレジットには記載させてもらおうと思ってますが、強制ではないです」
「僕もあんまり顔とか映してほしくないんだ。そういうとこは配慮してもらいたいな」
「もちろん」
「撮影はいつからの予定?」
「できるだけ早めに。年内には仕上げて欲しいという理事長からの希望です」
「……だって」

 ニッコリと五月女に笑いかけてやると、退路を断たれた彼は困った顔をしてしまう。五月女がまっとうで良い人間だということは知っている。他人に迷惑をかけることは本意ではないだろう。

「それでも嫌なら、安請け合いした春惟くんに責任取らせれば? 美形だし、画面映えしそう」
「っ。………いえ、兄は……調子に乗りそうなので。――椎堂先輩、一応、完成前に確認させてもらってもいいですか」
「構わない」
「それじゃ……引き受けます」
「助かる」
「じゃ、そろそろ帰っていいか?」

 話は終わったとばかりに青海が立ち上がった。すでに鞄を肩にかけている。
 それに二見先輩が『青海、着席』と手で椅子を示した。

「まだ終わりじゃないよ。理事長だって来てないし」
「撮影のこととか、俺、よくわかんないんで。決まったこと連絡してくれれば、それ通りに動きます」
「山吹はいま志馬と遊んでるから、俺と一緒に行かないと勝手に帰ったことがバレて怒られるよ。機嫌損ねて折角の休日を無駄にしたくないだろ。車で送ってやるから、最後まで参加しな」
「……っす」

 青海は素直に椅子に腰を下ろした。
 ……あしらい方が慣れすぎている。特に接点はない気がするけど、このふたりって仲がいいのか? それとも二見先輩の権力、いまだ健在ってところだろうか。
 かつての学園の王様は、相変わらず完璧にセットされた髪を少し揺らして時計を仰いだ。

「それにしても理事長、遅いね。そろそろ三十分くらい経つけど」
「高階を連れてくるそうなので、それで遅れているのかもしれません」
「高階って、高階響己? Ninthの?」
「はい。匿名ですが、今回のMVは彼に校歌を歌ってもらうことになっています」
「マジで? よく事務所がオッケーしたね」
「理事長のコネクションだそうです」
「へー? うちの理事長、謎に顔広いな」
「すまない、遅くなったね」

 そんな話をしていたら、タイミングよくドアが開いた。ダンディなスーツ姿の理事長が生徒達を連れて姿を現す。
 だが、その中に高階響己の姿はなかった。鴻崎先生と制服姿のふたり、それにツーブロックのライダース。
 二見先輩が残念そうな顔をする。

「高階響己じゃないじゃん」
「す、すみません。響己くん、どうしても仕事の都合で来れなくなっちゃって、その……」
「まあ、歌ってもらうこと自体が事務所に無理を通したからね。――紹介するよ。今回ピアノの演奏を担当してくれる八雲くんと、学園側を取り仕切る生徒会の相川くんと久世くん」
「どうも、生徒会長をやってる2年A組の相川壱哉です。今回、学園側の代表として会議に参加させてもらいます。よろしくお願いします」

 紹介に、溌剌としたイケメンがニコッと頭をさげた。フレンドリーな笑みは、楽しそうにキラキラしている。彼の言葉に二見先輩は意外そうな顔をした。

「今の生徒会長って2年なんだ」
「はい、去年の秋から生徒会長やってます。二見先輩ですよね、お会いできて嬉しいです! 噂だけはいろいろと聞いてたんで」
「なに、噂って。どーせロクなもんじゃないだろ」

「そんなことないです!」
 生徒会長の横、大袈裟な身振りで声をあげたのは、もじゃっとした眼鏡だ。久世と紹介された彼は、人の良さそうな顔を輝かせている。

「二見先輩の代は伝説の生徒会だって、みんなの憧れです」
 こっちはネクタイの色から見るに3年生か。なんとなく、ゆるキャラの着ぐるみみたいな印象のひとだ。
「ちょうど俺が生徒会に入ったころは、参納先輩が会長だったときに一緒だった先輩も多くて、みんな生徒会の仕事が楽になったのは参納会長がシステムを簡略化してくれたおかげだって言ってました」
「いや、俺は時代にあわせてプロセスをアップデートしただけだ。それはそうと、生徒会はこの時期、忙しいのでは? 文化祭の準備などあるだろう」
「それくらい、大丈夫ですよ。それに来年度からは優秀な副会長のアテもあるんで、ヨユーです」
「とか言って、10月の選挙で落ちたりして」
「オレが? まっさかー!」

 二見先輩のからかいに、自信たっぷりにニカッと笑う相川は明るい。初対面の年上に特に緊張する様子もなく、むしろ楽しんで相対している。
 なるほどこれが今の生徒会長か。スマートで切れ味鋭い二見先輩と違って、人懐っこく頼りがいがあって万人受けするタイプだ。これは普通に人気あるだろうな。

「でも、そちらの……久世は3年生だろう? どのみち来年度は生徒会じゃないと思うが」
「久世先輩は高階担当なんで」
「担当っていうか……響己くん、いますごく忙しいから、俺は伝言係みたいな感じです。響己くん、なかなか授業には出れないけど、この学校がすごく好きだから、今日も卒業生に会えるのを楽しみにしていたんです。お待たせしたのにすみません」

 ペコリと頭をさげ、バネ仕掛けのように顔をあげる。やっぱり仕草のひとつひとつが面白い。
 と、久世はなにかに気づいたように慌てて『挨拶しないと』と横の八雲を突っついた。
 八雲はジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、平然と言った。

「どうも。八雲です」
「八雲先輩は、すっごくピアノが上手なんです!」
「ああ、放課後、音楽室からよくバッハが聴こえてきていたな」

 参納が軽く頷く。五月女が少し身を乗り出すようにして声をあげた。

「俺も美術部だったんですけど、部活の時、いつも聞いてました」
「あー、美術室、割と近いもんな」
「文化祭での演奏もすごかったって、江純が……」
「……江純? なに、おまえ、アイツと知り合いなの?」
「はい。同じクラスで席が隣だったので、今も時々遊んだり……だから先輩の話もよく」
「あー……思い出した。お前、江純と写真で腕くんでた」
「彼は、五月女春惟の弟です」
「え……マジ? 全然似てねえ」
「親が再婚して兄弟になったので」

 なんでもないことのように返す五月女に、八雲は少し居心地の悪そうな顔になった。無愛想に見えるけれども、共感力の高いタイプなのだろう。

「……悪ぃ。変なこと言った」
「いえ、別に。隠すようなことでもないですから」

 おまけに率直だ。
 飾り気のない謝罪の言葉に五月女が頬を緩める。シンプルな感情の交歓。
 ふいと窓の外に視線を流すと、9月の青空に刷いたような雲が広がる。

 ――美術室に聞こえていたという彼のピアノはどんな音色だっただろう。あの頃、何度も聞いていた筈なのに思い出せない。
 ただ、それに耳を傾けていたセンセイだけを覚えている。
 窓枠に肘をつきながら、ぼんやりと聴く横顔。乾いた唇が旋律をなぞる。白い顎のライン。夕方の陽に透ける髪。硬く光るピアス。美しい彼の孤独。あの頃も今も変わらない僕のすべて。

「君達、仲良くなるのはいいけど、まずは自己紹介をしてくれないかな」

 いい加減、話が脱線してきたところで、理事長が軽く手を叩いた。
 その音に少し飛ばしていた意識を強引に引き戻す。

「これからしばらく制作を共にする仲間になるんだから、挨拶から始めようじゃないか」

 仲間という単語にうっすら嫌悪を覚える僕に、椎堂がチラリと目線を流してきた。素知らぬ顔で微笑み返す。
 そういえば、有はどうするんだろう。さっき電話もしていたし、椎堂のことだから出さないってことはない気もするけど。有のことを『俺のミューズ』とか真顔で言い出しかねない奴なんだから。

 ま、温存するつもりなら引っ張り出してやる。ついでにセンセイもだ。
 感傷的な気持ちを振り払い、今後の計画を考える。やっぱり、センセイにヤキモチを妬いて欲しいなんて僕の柄じゃない。誰とどんなに上手くやれたって、僕にとって特別なのはあなただけなのだと思い知らせてやらなくちゃ。

「それじゃ、まずは俺から」

 注目を集めることに慣れた仕草で、二見先輩が立ち上がった。その目が僕を見て、ちょっと意地悪そうに細められる。そう言えば今日、初めて彼と目が合ったかもしれない。食えない笑顔を満面に浮かべて、彼は高らかに宣言した。

「どーせやるなら、絶対楽しい思い出にするから、お前らみんな覚悟しときな」


posted by GINGER BERRY at 17:00| 男子高校生、はじめての