男子高校生、はじめての
〜第11弾 あまえたがりキングと世話焼きジャック〜
12月6日発売!
〜第11弾 あまえたがりキングと世話焼きジャック〜


4thシーズン開始のお知らせ以降、
とても多くの嬉しい反応やお声をいただき
また、たくさんのご予約もありがとうございます!
本日は、ドラマCD本編が始まるおよそ2ヶ月前、
生徒会役員選挙を控えた水都目線でのお話を公開!
中学からお互いをよく知っている壱哉と水都ですが
そんな2人のバランスは……?
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before the GAME
(文:GINGER BERRY)
before the GAME
(文:GINGER BERRY)
文化祭が終わった後の木乃実学園には、まだお祭り騒ぎの余韻がほのかに残っている。そんな中、次のイベントが始まろうとしていた。
生徒会役員選挙。来年度の新たな執行部メンバーが、全校生徒の選挙によって決まる。今朝、学内にて立候補者が公示されたところだった。
──その中に自分の名前があるなんて。
半年前の春、水都が漠然と描いていたスクールライフには、そんな予定は全くなかったのだが。
「どうよ! 選挙活動の調子は?」
クラスメイトと肩を並べて購買へ向かう昼休み。水都の隣を歩く笹川が、にやにやしながらのぞきこんでくる。
「調子はっつっても、今日始まったばっかだから。まだなんもしてねーから」
「水都がマジで生徒会に立候補するなんてなー!」
「あの壱哉先輩に指名されたら水都はやるしかよねぇ。壱哉先輩、水都のこと気に入ってるし」
反対隣を歩く牧のゆったりした口調も妙に楽しそうで、水都は小さなため息をつく。
『壱哉に指名されたら』と言うのは不本意ながら間違ってはいないのだが、『気に入ってる』と言われると、ハイソウデスネと素直に自分で言ってしまうのは躊躇われる。
壱哉は、水都が中学で所属していたサッカー部の先輩だった。ポジションの関係もあり、壱哉と水都は息のあったコンビネーションを発揮し、チームの中でも目立つ存在だった。おかげで壱哉は水都に目をかけられて(目をつけられて?)、2人は学年は違ってはいたけれど一緒に過ごした時間は長く、ずいぶんと気心が知れた関係ではある。
だけどエースストライカーでありキャプテンだった壱哉は、チームの皆が等しく憧れるたったひとりのヒーローだ。
「つか2年連続で生徒会長ってすごくね!? 学園初だったりする?」
「……や、2年連続って決まったわけじゃねーだろ。選挙これからだし」
なんだかテンションの上がっている笹川に一応釘を刺してみるが、その隣の牧も「うんうん決まりだよ〜」とうなずいている。
「今年の文化祭もすごかったしなっ!」
「俺たちが遊びにきた去年より、一般のお客さんも多かったみたいだね」
文化祭は、1年間の生徒会運営の集大成とも言える一大行事だ。9月の終わりに開催された本年度の文化祭は、クラスや部ごとの模擬店や出し物も趣向を凝らしたものが多く、大盛況のうちに幕を閉じた。
特に生徒会が企画を主導した後夜祭では、プロジェクションマッピングとリンクしたダンス部と軽音部のパフォーマンスが、生徒達の熱い声援を集めた。あまりの盛り上がりに、体育館の床が抜けるのではないかと一部の教師が冷や冷やしていたらしい。
「来年はクラスの出し物もさ、もうちょっと難易度あげたくね? お化け屋敷とか!」
「難易度ってなんだよ! つか、ささやんホラー無理じゃん!」
「俺は謎解きゲームやりたいな〜」
大して中身のないおしゃべりをしているうちに、1年の教室から購買へとたどり着いた。1年生と2年生を中心に、購買の前には今日もそこそこの人だかりが出来ている。
「ねぇ、壱哉先輩がいるよ〜」
「……あぁ。だな」
そう牧に言われる前に、水都は壱哉に気づいていた。
けれど、さも『言われて気づきましたよ』みたいな反応をしてしまったのには理由がある。それは、壱哉の姿をどこにいてもすぐ見つけてしまう自分に気づいているからだ。だって背が高いし、目鼻立ちもくっきりとしててわりと整ってるし、声が大きくて特に笑い声はよく響くし……。
そしてなにより、壱哉のまわりにはいつだって人が集まっている。
今日は公示当日とあって、すれ違う生徒たちが次々と壱哉に声をかけていく。1年生の女子グループは「選挙がんばってください!応援してます!」と頬を紅潮させている。いつも厳しい顔をしている生活指導担当の男性教員も「今年も期待してるぞ」なんて声をかけている。
さすが、人気者は違う。
と、輪の中心にいた壱哉が不意に振り返った。少し離れて壱哉の様子を眺めていた水都と、ばちりと目が合う。
「おっ! 水都じゃーん」
おーい、と壱哉は買ったばかりのパンを握った手を掲げ、大きく左右に振る。おかげで壱哉のまわりの生徒達の視線も一斉に水都へと向かう。
正直、大いに気まずい。けれど「呼ばれてるよ〜」と牧に肘でつつかれてしまっては、無視するわけにもいかなかった。「俺ら、先にパン買ってくるわ!」と去っていく笹川も無情だ。
「……ども」
「水都ー! スマホに送った俺のメッセ、無視すんなよー! 選挙の作戦会議しようぜっつったじゃん」
「作戦会議ってなんなんですか。そんな顔しても全然かわいくないですよ」
両手にコロッケパンとカツサンドを握った壱哉は、さらに口を尖らせる。けれど身長180センチオーバーのよく日焼けした男子高校生が拗ねた顔をしたところで、かわいげはゼロである。
「ふふ、イッチー塩対応されてるじゃん」
壱哉の隣で、セミロングの黒髪を揺らしながら2年の女子生徒が笑う。くるんとカールされた睫毛に縁取られた瞳で、壱哉を見上げている。
「この子、イッチーの後輩なんだっけ?」
「ん? そーそー! 中学のサッカー部んときの後輩な」
「えっ、じゃあ今もサッカー部なの?」
睫毛がくるっとした先輩は、壱哉に向かってかわいらしく首をかしげる。
「いえ、俺は高校ではサッカー部に入ってないんで……つか、作戦会議とかより先に、ちゃんと提出しました?」
「提出? え、なにを?」
今度は水都に向かって、壱哉が首をかしげた。
「自己PR文と公約ですよ。選挙公報に載せるやつ」
「…………あー…? えーと‥……」
「壱哉先輩、まさかとは思いますけど──……」
「いや、覚えてる! ちゃんと覚えてるって!」
絶対ウソだろ忘れてただろ。そう水都は確信する。
「こないだ説明されたこと、ちゃんと覚えてます? つか先輩、選挙出るの2回目でしょ!?」
「えー? 1年前のことなんて忘れちゃうだろ? ま、いまは腹へっちゃってるしさぁ」
悪びれる様子もなく大きく口を開いて笑う壱哉に、水都は呆れた声を出す。
「明日までですからね」
「オッケーオッケー! まかしとけ!」
「つか、絶対今日やっとけ!!!」
遅れれば選挙管理委員会に迷惑がかかってしまう。なのにノーテンキな返事をする壱哉に、つい敬語を忘れてピシャリと言い放ってしまった。
壱哉のまわりの2年生達が「水都くん、強ぇ…」とざわめく中で、当の壱哉だけが水都の言葉をひらりとかわしてへらへらしている。
「わかったって……あっそうだ! じゃあさ、放課後、生徒会室来いよな!」
「は!? え!?」
そう、壱哉は大きな声で言い残すと、軽やかに去っていった。
* * * * *
「部外者を入れていいんですか。会長自ら」
「いいんだよ。役員以外の生徒を入れちゃいけないって決まりはないし、それにおまえも役員になるわけだし」
「まだそうとは決まってないでしょ」
生徒会役員選挙の投票が行われるのは、1週間後の生徒総会。
やはり、全校生徒達の公平な投票によって役員は選ばれるべきである。現生徒会長の横暴とか私欲とかではなく。
「あまり片付いていなくてごめんね。あ、ここ、座って」
放課後、壱哉に招き入れられた生徒会室では、現役役員である3年の久世がノートパソコンを開いて作業をしていた。人の良さそうな先輩は、わざわざ水都のためにスペースを空けて、パイプ椅子を引いてくれる。その気遣いを無下には出来ず「ありがとうございます」と腰かけた。
目の前の長机には、無造作に書類やファイルが積み重ねられている。確かに、整理整頓が行き届いているとは言い難い。久世は机の端のほうで空いているスペースにちょこんと座り、再びパソコンに向かいはじめた。
「えーと‥‥あったあった! ほら、ちゃんと書いてるだろ? 提出すんの忘れてただけで」
これこれ! と、積み重なった書類の束から壱哉は1枚の紙を引き出した。選挙管理委員会から配られた指定の用紙をひらひらと掲げて、壱哉は得意げに胸を張っている。
いや、提出忘れてたら意味ないんですけど!!! 水都はつっこみたい気持ちをぐっと飲みこんだ。いちいちつっこんでいたらキリがないし、こっちの体力が持たない。
壱哉は手近なパイプ椅子を手繰り寄せると、背もたれを正面にし、長い脚で座面をまたぎ腰をおろした。
「そうそう、明日からさ、立候補者は登校時間に合わせて校門のとこで声かけするじゃん」
「みたいですね」
「いつもより早く起きなきゃだから、水都モーニングコールしてくんない?」
背もたれの上で組んだ腕に顔を載せて、壱哉はニッと微笑んだ。くっきりした大きな瞳が人懐っこい印象の壱哉だが、笑うと甘く柔らかな雰囲気になる。
「………いや、なんで俺が!?」
「母さんも父さんの仕事についてっちゃってさー、この1週間、誰もいねーんだよ」
頼むっ! と、手を合わせて見せる壱哉だが、その表情はニヤニヤというかニコニコというか、とにかく妙に楽しそうだ。
いやいや! 全然お願いしますって顔してないでしょうが!!!
「なんかさ、水都の声だったら朝からスッキリ起きれるんだよな。キレがあるっつか」
「言ってる意味がまったくわかんないんですけど!?」
壱哉と水都がテンポ良く応酬を続けていると、外野から控えめな声がかかった。
「あっ、あの、相川くん」
「なんすか、久世っち先輩」
おずおずと右手をあげた久世を、壱哉が振り返る。
「いま響己くんから連絡があって、レコーディングが終わったって」
「おっ、待ってました! 椎堂先輩にも連絡しないとっすね」
「うん。音源が届くまではもう何日かかかるみたいだけど……」
「……レコーディング?」
日常生活では聞き慣れない単語が久世から飛び出してきて、思わず聞き返してしまった。それに、ヒビキクンと言うと──。
「もしかして2年の高階先輩ですか?」
「そう! 知ってる?」
「え、あぁ…はい、まぁ…人並みに…?」
「いま学校紹介ムービー作ってるんだけど…あ、作ってるのは映研の人たちとOBの椎堂先輩なんだけどね。そのムービーのために、響己くんが校歌を歌ってくれるんだ」
2年の高階響己と言うのは、デビューしたばかりのアイドルグループ「Ninth」のメンバーだ。水都は目を丸くする。
「在学生とは言えマジのアイドルが歌ってくれるなんてすごいですね。しかもNinthっていますごい人気だし、忙しいんじゃないんですか」
「うん、だからあんまり学校にも来れてなくて……。でも響己くん、学校のムービーに参加できて嬉しいみたい」
これまでひたすらに穏やかで控えめだった久世だが、高階響己の名前が出た途端、パチンとスイッチが入ったように、目が爛々と輝き、声のボリュームが上がった。
もしかすると相当Ninthが好きなのだろうか。それとも、高階響己と交流があるのかもしれない。水都は同じ学校と言っても学年も違うし、ときどき朝の昇降口ですれ違うくらいだけれど。
「ムービーなんすけど、来週か再来週からまた学校内を撮影するとか言ってなかったでしたっけ。久世っち先輩」
「うん。それもさっき、映研の人がスケジュールを持ってきてくれたよ」
そう言えば文化祭のときにも、映研があちこちでカメラを回していた。カメラやマイクなど機材を構える映画部員達に交じって、大学生くらいの男が2人──おそらく映研OBの姿を見かけた。クールな雰囲気のほうは映像をチェックしたり部員に指示を出していて、さながら監督のようだった。その隣にいたもうひとりはやけにきれいな顔立ちで、女子が騒いでいたのをよく覚えている。
久世に手渡された紙を、壱哉が眺めている。その横顔を見ているうちに水都もなんとなく引き寄せられてしまって、2人は頭を並べて壱哉の手元をのぞき込む格好になる。
「相川くんと水都くんは、仲が良いんだね」
そんな2人の様子を見て、久世はカラーレンズの眼鏡の下でニコニコと笑みを浮かべている。
「……別に、そんなことないですよ。壱哉先輩は誰とでも仲いいですし」
パッと身を翻して、水都は椅子に腰かけなおすと姿勢を正した。
「水都くんが副会長になってくれたら嬉しいなぁ。きっと相川くんも助かるだろうし」
「それは、選挙次第なので……」
「水都は大丈夫だって」
水都が言い終わる前に、壱哉が口を挟んできた。自分のことでもないのに、壱哉は自信たっぷりに言い切る。水都はどんな顔をしていいかわからなくて、思わず口がへの字になってしまう。
水都だって、立候補したからには負けるつもりはない。壱哉に強引に誘われてではあったけれど、自分の意志で立候補を決めたからには中途半端な気持ちでやってはいないし、本気でやるからには勝算もある。だけど壱哉に「水都は大丈夫」と言われるのは、少し懐かしくて、やっぱり特別で、なんだかむずがゆい。
「うわっ!」
「つーことで! よろしくなっ!」
立ち上がった壱哉が、背中から覆いかぶさるように水都の肩を抱く。
瞬間、思い出す。ずっと隣にいたあの頃、一緒にフィールドを駆け回っていたあの時間を。あのときの水都のキラキラ眩しい記憶にも苦く重たい記憶にも、すべてに壱哉がいる。
でも、いまの壱哉から感じるのは汗や土にまみれたホコリっぽい匂いじゃない。かすかに香るのは、爽やかな整髪料の匂い。
「オレ達にとって一生に一度の高校生活じゃん。最高に楽しい時間にしようぜ」
水都の目の前で、壱哉の虹彩がいたずらっぽく光る。太陽の光を吸い込んだみたいに輝いていた壱哉の瞳は、いまだって変わらない輝きで、いつだって水都を新しいどこかへ連れていこうとする。
「……わかりましたからっ! 重いっ!」
不意に湧き出した甘くて少し苦い想いを振り切るように、壱哉の肩を強めに押し戻す。
「そのためにも選挙活動もちゃんとしてくださいよ。壱哉先輩が落ちたらシャレにならないんで」
壱哉は大きな口の端を持ち上げて、にっと笑う。
「もちろん」
水都がよく知っている、なにも恐れない無敵の笑み。
2人の視線が交わった間で、握った拳同士をコツンと軽く突き合わせた。
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