4thシーズン大好評発売中!!!
第11弾〜あまえたがりキングと世話焼きジャック〜、
第12弾〜BADBOYは諦めない〜にたくさんのご声援、ありがとうございます!
シーズン最後を飾るのは第13弾〜真夜中は落ちこぼれ〜
本日は、ドラマCD本編が始まるおよそ2ヶ月前、
お昼ご飯を食べるふたりの様子をタマ視点でお送りします。
什三くんとタマの、ちょっと独特な関係性をお楽しみください

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ものを食うとか愛だとか
(文:GINGER BERRY)
午前の授業が終わり教師が去るとともに、クラスメイトたちが動きだす。
毎日、毎日。この時間が一番緊張する。
今日こそ終わりかもしれない。気まぐれは、理由なんかきっとない。はじまりに理由がなかったように、終わりにだってあるはずない。
でも昨日は平気だった。今日だって大丈夫かも。大丈夫だといいな。
「タマー、飯食いに行こうぜ」
――来た! 今日も大丈夫だった!!!!
「う、うん!」
勢いよく立ち上がり過ぎたせいで、けたたましい音を立てて椅子が転がる。恥ずかしい。だけど、それをまったく気にせずに「今日は玉子焼きな」と什三くんは笑った。
* * * * *
どうも、山本地球です。地球と書いて、タマと呼ぶ。変な名前。
以前、なんでこの名前にしたのか親に聞いたら、マタニティハイだったのかもと言われた。別にすごい由来を期待してた訳じゃないけど、マタニティハイ。そう、うん。別にいいけど。
ちなみに妹の名前は亜由美。普通だ。もうハイじゃなかったらしい。俺の時ももう少し落ち着いて欲しかったと思わなくは、ない。今さらだけど。
「いい名前じゃねえか、タマ。ほれ。あーん」
「そうかな……」
昼休みの定番はあまり人が来ない校舎裏だ。日陰だから、冬になるととても寒い不人気スポット。コートを着たまま、いつものように校舎の壁にもたれるように座り込んで、什三くんが箸を差し出してくる。
口を開けると、綺麗な箸遣いで運ばれた玉子焼きがほのかに香る。
「……あまい。おいしい。好き、かも?」
「おう、これ三温糖使ってんからな。コクがあるだろ。次こっちな。あーん」
さんおんとう、とは、なんだろう。あとで調べよう。
差し出されるままに、玉子焼きを食べる。しょっぱい出汁巻き。ほうれん草と鶏肉。明太子。じゃがいもやハムが入ってるケチャップ味。次々と口の中に放り込まれる玉子焼きは、どれも違って、みんなおいしい。
これを全部作ってる什三くんは本当にすごい。
「…………なあ、煉谷。それ、いつもやってんの?」
「おう」
「中学ん時とキャラ違くね?」
「うるせえわ」
モグモグと咀嚼していると、何故か水都くんがため息をついた。
ちなみに水都くんは隣のクラスのひとだ。什三くんに用があるって探しにきたのに、俺たちの様子を見たら固まってしまった。地蔵のような水都くんを前に、俺は首を回して、すっかり定位置になっている自分の状態を確認する。
什三くんの太腿の上に跨がるように、俺は座っている。これは、この体勢が一番食べさせやすいと指定されたからだ。
什三くんと同じく、俺もコートを着ている。2月の日陰は本当に本当に寒いのだ。……そこがおかしいのかもしれない。こんな格好をしてまで、外で昼ご飯を食べなくてもと水都くんは思ってるのかも。そういえば、なんでこんなところで食べてるんだろう? 今度什三くんに聞いてみよう。
什三くんの手には大きな弁当箱。今日は各種玉子焼きが入っていたけど、もうふたりで食べてしまって殆どない。でも、まだ綺麗に詰められたご飯と他のオカズが残っている。
その中の小さなハンバーグをひょいと摘み上げ、什三くんはまた俺に口を開けるように促した。小さいけれどちゃんと本物のハンバーグの味がする。おいしい。
「豚6、牛4」
「なに、それ?」
「肉の割合。弁当だと冷てえから牛多いほうが旨いけどな、お前、柔らかいほうが好きだからよ」
「そうなの?」
「そう。覚えとけ」
なるほど。俺は柔らかいほうが好きなんだ、そうかもしれない。
ていうか、ハンバーグってビーフ100%じゃないんだ? マクドナルドにそう書いてあったけど、確実にアレよりおいしい。牛肉を使っているからといっておいしいわけじゃないのか。難しい。
「だから、マジでなにやってんだよ」
「飯食ってんだけだわ」
「いや、お前に聞いてんじゃなくてさ。………あの、山本? 嫌なら言っていいからな。煉谷、こう見えて話せばわかるし」
「え、あ、嫌じゃ、ないです」
「なんで敬語だよ」
それは水都くんが1年生ながら、あのサッカー部の大エースかつ生徒会長の壱哉先輩の右腕として生徒会副会長をやっている、カースト上位の強キャラだからです、と心の中で答える。
いや、でも、これを言ったら壱哉先輩にくっついてるからすごいみたいに聞こえて、よくないんじゃないだろうか。だけど、返事しないほうがより失礼かもしれない。どう言えばいいんだろう。
「尊敬……、してる、から?」
「えっ、尊敬ってなんで?」
あ、違った、みたい。水都くんが変な顔をしている。この言葉は間違ったっぽい、不愉快にさせてしまったかもしれない、ヤバイ、どうしよう。
ざわっと背中に汗が滲む。
「褒められてんだよ、水都。副会長なんかやっててすげえってさ」
「そういうこと!?」
「……、です」
コクコクと頷くと、「ごめん、全然わかんなかった」と水都くんは笑ってくれた。優しい。いい人だ。
俺の言葉は不足していて、水都くんに真意が伝わらないのは当然だ。水都くんの反応が正しい。いつもこれで俺は失敗して、折角の好意を台無しにしてしまう。無能すぎる。
でも、什三くんは何故かわかってくれる。洞察力が鋭いんだろうな。彼は他人の言葉の真意を正しく見抜いて、こうやって何気なく手助けをする。あんまり何気なさすぎて助けられた人すら気づかないくらいに。
いや、気づかせないようにしてるのかもしれない。何となく、そう思う。本当のことはわからないけど、たぶん。
「あと、タマ、マジで嫌がってねえから。こいつ、嫌なことは割とわかりやすいんだわ」
「うん。嫌じゃない、です。これは、その、修行っていうか」
「なんの修行?」
「あー? 手料理で胃袋から掴むやつのだわ」
マジ?と水都くんは爆笑した。まあ、俺も思う。什三くんなら、胃袋をなんか掴まなくても余裕で女子が寄ってくる。だから、これは冗談だ。
だって、本当は什三くんじゃなくて、俺の修行だし。
什三くんちは小料理屋さんだ。お父さんが料理して、お母さんがお店を切り盛りしている。ちなみにお母さんはものすごーーーーーーく美人だ。あと、おっぱいも大きい。それはまあ関係ないんだけど、とにかく、家業の影響なのか什三くんは食事に拘りがある。だから、毎日毎日購買のかにパンばっかり食べている俺が気になって仕方なかったらしい。
『それ、好物なんか?』
『そう、じゃない、けど……』
かにパンは安くて一個でそこそお腹にたまるし、いつも最後まで残ってるから買えるし、別に好きとか嫌いとかないから……とボソボソ説明する俺の口に、什三くんが唐揚げを突っ込んできたのが一学期の終わり頃。
『これから毎日作ってくんから、旨いとかマズいとか好きとか嫌いとかなんか言え』
その言葉通り、それ以来、三学期の今日までずっと毎日お弁当を作ってきてくれる。その代わり、俺はそれがどうなのか、毎日考えることになった。
最初はよくわからなかった。
ご飯は食べないといけないものだし、残すのはよくないこと。だから、そこにはなんにもなかったし、なんにもないから、それで完結だ。
でも、そうじゃないと什三くんは言う。
甘い、しょっぱい、苦い、からい。おいしい、そうでもない、好き、苦手。
「味わえ」と彼は言う。
『頭を使え。自分がナニを食べてるかわかれ。それをどう思ってるか、ちゃんと自覚しろ。んで、それをオレに言え』
よくわからない、と俯く俺に、什三くんは根気強く丁寧に色んなことを教えてくれた。味わって食事をする、ということのすべてを一から全部。
そして、ある時、やっと気がついた。
『かにパン、ぼそぼそしてて喉につまるし、あんまり好きじゃなかった』
そう言うと、だろ?と笑って什三くんは何故か俺の頭を撫でた。なんだか、腹の底がむず痒くなる。
『なんでわかったの』
『そりゃダチが毎日クソみてえな顔して、もそもそ食ってりゃわかるわ』
ダチ。今、この人、ダチって言った?
あまりにもビックリしすぎて、思わず「ダチって友達? 俺って、什三くんの友達なの?」と身の程も知らず聞いてしまった。そうしたら什三くんは嫌な顔ひとつせずに、そうだと頷いた。
友達。これが友達なのか。友達ってすごい。現実の友達というものが、こんなにすごいものだってことを、今まで俺は知らなかった。だって、友達なんかいたことないから。
『友達ならわかるものなの? 什三くんだからわかるんじゃなくて?』
『オレがタマのダチだから、わかんだよ』
その声の響きに、たぶん、これは普通ではないのだろうと思った。たまに、什三くんはこういう、何かを強く俺を揺さぶるような声を出す。いつも笑っているみたいな切れ長の目が、強くぴかりと光って俺を見る。
ならば、俺は。俺も什三くんのことをわかりたい。どんなものが好きで、嫌いで、楽しくて、嬉しくて、苦手で、悲しいのか、わかりたい。どうして、俺なんかを友達と言ってくれるのかわかりたい。この声が心のどこから来るのか知りたい。
だから俺はあることを始めた。俺が唯一持っている、現実と自分の折り合いをつける手段。それは什三くんが教えてくれた食べ物を味わうことに似ている。もしかしたら、彼はそうやって、俺が世界を味わっていると気づいたから、食べ物にも応用できるのだと教えてくれたのかもしれない。そんなこと、あり得ないと思うけど。わからない。什三くんだからな。
「おいタマ。噛むな」
「え、お」
突然、ぐいっと手を強く引かれて瞬く。しまった、また無意識に爪を噛んでいたみたいだ。慌てて、噛んでギザギザになった爪先を握り込んで隠す。みっともない悪癖は治そうとしてもなかなか治らない。何度も何度も何度も、こうやって什三くんはやめさせようとしてくれるのに。
俯く俺に「これでも食ってろ」と、もう一個ハンバーグが突っ込まれる。こんなふうに什三くんの作ってくれたものを食べたくない。これは、そういうものじゃないから。
――せめてもと、よく噛んでちゃんと味わう。柔らかい肉の味、それから香辛料、ウスターソースとケチャップ。いい塩梅。塩梅、という言葉も什三くんから知った。少し甘くて、おいしい。とても、おいしい。
「つうことで、行かねえから」
「わかった。同窓会は欠席な。つか、自分で伝えろよ」
「ささやんに伝えとけつっといたんだけどな。しめとくか」
「やめろって。煉谷が言うとシャレになんねーんだよ。いいよ、俺から幹事に伝えるから」
「そうやって人が良いからつけ込まれんだぞ、おまえ」
「俺の中学時代最大の加害者が言うか、それ」
「相川ほどじゃねえだろ」
「……壱哉先輩は別っつーか、しょうがねえんだよもう」
什三くんの言葉に水都くんは拗ねたような顔をして背を向けた。しかし何故か振り返り、いいことを思いついたという顔を俺に向けてくる。
「で? 山本は掴まれてんの? 胃袋」
「え。………俺は対象外じゃないかな」
一瞬、なんのことかわからなかったけど、――ああ、そうか。さっきの手料理で掴むって話か。あれは什三くんの冗談だけど、仮に万が一本当だとしても、俺には関係ない。そう返すと、何故か水都くんは爆笑し、什三くんは顔を顰めた。
「全然ダメじゃん!」
「うっせ」
――だって、もし、万が一、俺も含まれるとしても。
胃袋どころか、俺はもう、心臓ごとまるごとぜんぶ什三くんに掴まれている。
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