「男子高校生、はじめての オールコンビネーションCD」
✨発売記念✨
「男子高校生、はじめての」シリーズでは、リアルタイムで時間が流れています。2ndシーズンに登場したカップルたちが恋人同士になってから、約4年の月日が流れました💖
オールコンビネーションCDの発売を記念して、2ndシーズンのオールキャラSSを公開いたします!
1stシーズンは
「男子高校生、はじめての SS集 〜First blessing〜」
3rdシーズン、4thシーズンは
「男子高校生、はじめての 5th Anniversary 〜星に願いを 2020〜 パンフレット」に
オールキャラSSが掲載されていますので、ぜひこちらもチェックしてみてくださいね!
(※SS集につきまして現在お品切れとなっていますが、アニメイト通販にて再販売を予定しています。予約受付を再開しましたらご案内いたしますので、しばらくお待ちくださいませ)
2020年の夏を過ごす彼らの日常をこっそりのぞいてください🌟
(文:GINGER BERRY)
真っ白なふかふかの氷の上にたっぷりとかかったオレンジ色のピューレ。一番上にぽこっと軽干しの杏が一粒置かれている。
「わ。有ちゃんのもおいしそう!」
向かいに座る五月女が、真っ赤な苺ピューレがかかったかき氷に、とろっとした練乳をかけながら目をキラキラとさせる。
「春惟、早く食べないと溶ける」
隣に座った、五月女弟、慧斗くんが呆れ顔で兄をつつく。彼が頼んだのは生醤油の団子ひと串と、こしあんがたっぷり乗った団子ひと串。オレ達のかき氷が運ばれてくるのを待ってくれていたのか、まだ一口も食べていない。
「そーそー。溶けちゃう」
いい感じに映える写真をささっと撮って、オレもスプーンを手に取る。「いただきまーす」と、きめ細かいサラサラとした氷にぽってりとした杏ピューレをうまく乗っけて、口に運ぶ。冷たい氷がさらっと溶けたあと、濃厚な果汁が口の中に広がる。
「うま……!」
向かい合って、五月女と一緒にくーっと味を噛みしめる。真夏の日差しを浴びたあとだからこそいっそう感じる贅沢だ。
「ここのお団子屋さんの奥、喫茶室になってるの知らなかったよ」
新宿の大通りに面した老舗の団子屋は、入り口は持ちかえり用のショーケースが並んでいて、奥に進むと喫茶室の扉がある。中は落ち着いた木目調の昔ながらの甘味処になっている。
「そ? オレ、新宿で映画見るときは、家族に頼まれて団子買いによくここにくるから」
新宿のシネコンのすぐそばにあるこの団子屋さんは、椎堂とも映画のあとに寄ったりする。土日は混んでるから、平日に来れたときだけど。
「映画も面白かったし、かき氷はおいしいし、今日は幸せいっぱいだー」
にこにことかき氷をしゃくしゃくと崩す兄の隣で、団子をひと串食べ終わった弟くんが「あの」と口を開く。
「杉本先輩の役、すごく印象的でした」
真面目そうな弟くんの気遣いに、思わずぷっと噴き出してしまう。
「気、遣ってくれてありがと。大勢のクラスメイトのひとりの役だけど、そう言ってもらえて嬉しい」
現在、大ヒット上映中の少女漫画原作の映画に、主人公のクラスメイト役として出演させてもらった。主演は去年デビューした人気アイドルグループのメンバー、高階響己。すごい偶然だけど、彼は我らが母校、木乃実学園に通っている現役高校生だ。
「響己くん、さすがアイドルだよな〜。かっこよかったよな?」
「うん。アクションシーン、すごかった」
「ヒロインを守ろうとするところ、演技に惹きこまれました」
余韻を引きずったふたりの感想に耳を傾ける。先週、五月女から「有ちゃんの映画、弟と見に行ってくる!」というメッセージを受け取り、「じゃあ終わった後に久しぶりに会おっか」と約束した。考えてみたら、自分が出演した映画の感想をねだるみたいでちょっと恥ずかしかったけれど、特に誰かのファンというわけではないふたりがフラットに見た感想は、レビューサイトともまた違った観点で面白い。
「有ちゃんの役も、お調子者だけど実は仲間思いな子なんだなっていうの、すごく伝わってきたよ」
それに知り合いの贔屓目があっても、やっぱり褒められると嬉しい。
「マジ? そういうの、もっとちょうだい」
甘くて冷たいかき氷をシャクシャクと崩しながらとりとめのないお喋りは、まるで高校時代に戻ったような気持ちになった。
五月女とは高校二年と三年のときに同じクラスで、椎堂と付き合う前は合コンに誘ったり、女の子たちと一緒に遊んだりした。そういう遊びをしなくなって、ガッツリとつるむ仲間になるわけではないけれど、出席番号でグループ分けが一緒になったり、教室にいたらなんとなくおしゃべりしたり、そんなゆるい付き合いをしてた。
高校を卒業してから会ったのは、たぶん二、三回。だんだん高校時代のメンツとは疎遠になりかけた去年の秋、コノ学の記念ムービーの制作を椎堂が任されることになった。テーマは『新しい世界への羽ばたき』。卒業生にスポットをあてる構成で、オレや同期の映研メンバーも手伝って、出演してくれるひとを同じ世代にいろいろ声をかけた。五月女兄弟ともその撮影をきっかけに、連絡を取り合うようになった。
「有ちゃんは、卒業したら役者一本でやってくのが目標?」
「まぁねー。そうできるよう頑張ってる」
オレたちはいま大学三年。夏休みを利用してインターンにいっている同級生も多い。これから先どんどん就活が本格化してくると思うけど、オレはどこも受ける予定はなかった。というかうちの大学は中退したほうが芸能人として大成するというジンクスがあるくらいだから、在学中にもっと仕事が取れるようにならないと、と思っている。
「五月女は院に進む予定だっけ?」
五月女は私大の理学部に通っている。高校のとき、こうみえて理系だと知って意外だった。
「まー、今のとこ……。でも楽しいだけで選んじゃっていいのかなーって」
かき氷をぐしゃぐしゃ潰しつつ、五月女が歯切れ悪く答える。
「どういうこと?」
「妹もこれから学費かかるし。働いてたら、何かあった時力になれるじゃん? もっとおもちゃも買ってあげられるしさ〜」
「ふーん?」
院に進んでもいずれかは働くことになるだろうし、妹の学費のことならきっとご両親がちゃんと考えてるんじゃないかなと思っていたら、慧斗くんが兄を横目にみつつ、あの、と声をかけてきた。
「現状何か困ってるわけじゃないし、俺は就職するつもりだし、数年くらい好きなことすればって言ってるんですけどね」
「えーでも弟頼みってかっこ悪くない?」
「この歳になって、兄も弟も……。大体お前は、妹も甘やかしすぎ。もう少し成長したら、なんか買ってくれる都合のいいおじさんとしか思われなくなるぞ」
「おじさん!?!?」
兄弟のじゃれあいに、そんなに深い問題じゃなさそうで安心する。そういえば前から、この兄弟は弟くんのほうがしっかりしてた。
「慧斗くんは教育大で、美術専攻してるんだっけ?」
「はい。好きな事に打ち込めるっていいですね。この間、大学の友人とグループ展を開いたら、高校の頃から仲の良いクラスメートが来てくれて」
「そうそう! 可愛いのに男前でさー、一番はじめのお客さんになりたいって、さらっと一枚買ってくれたんだよね」
テンションの高い五月女とは反対に、慧斗くんは照れながらも、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「先日、家に遊びに行ったらリビングに飾ってくれていて……。今日の映画もですけど、何か創って発信すると、こうして繋がりができていいですよね。また何か出演したら、教えてください」
「え〜、じゃあ、オレのアカウントぜひフォローして、お友達に広めて!」
律儀な慧斗くんに付け込んで、自分のSNSを売り込む。あわせて、フォローしあってる椎堂のアカウントも伝える。あいつ、頻度は少ないけど、投稿する写真とかオシャレなんだよな。実はオレの写真も椎堂に撮ってもらったりしてる。
「椎堂くんも映像のお仕事に就くんだよね」
「うん。春から映像制作会社でバイトしてるから、そのままうまくいけばディレクターとして就職したりすんじゃないかな」
バイトといえど、業界でも話題の映画やMVを作る会社ですでに働いている椎堂は、まだその日次第の自分と違って、一歩も二歩も先に進んでいるように見える。
「記念ムービーもかっこよかったもんね」
そういえば、ムービーが完成してからふたりは椎堂と顔をあわせてなかった。
「感想、直接言ってやってよ。いま、近くの画材屋にいるって」
かき氷を食べている間、椎堂から「いま俺も新宿にいる」とメッセージが届いていた。五月女たちと別れたあとに落ち合おうと思っていたが、せっかくなら同窓会気分で一堂に会するのも面白い。
団子屋を出たオレ達は、大通り沿いのシネコンを通り過ぎ、大型の画材専門店に向かう。
「俺、ついでに画材買って帰ろうかと思うけど、春惟どうする?」
「じゃあ挨拶したら、先帰って夕食作ってよっかな〜。暑いし、手巻き寿司とかどう? そろそろ年一の納豆チャレンジイベント……」
「いらない、絶対食べない、絶対好きにならない」
背後で五月女兄弟がきゃんきゃんと会話していて、相変わらず仲がいいななんて思いながら自動ドアを開くと、誰かと話す椎堂の声が聞こえてきた。
「椎堂?」
筆記用具など日常的に使う文房具が置かれている売り場の右手、エレベーターに向かう一角に思いがけないひとたちが立っていた。
「央田先生! 六甲先輩!」
ふたりに会うのは、記念ムービーの撮影以来だ。六甲先輩とは高校時代から同じカフェでバイトをしてたけど、去年の春頃、『必要なくなったから』と辞めていった。カフェバイトの必要ってなんだ?と不思議に思ったから覚えている。ちなみにオレも芸能活動が忙しくなって、もう行っていない。
「ひさしぶり。やっぱり有と待ち合わせしてたんだ」
「たまたまお互い新宿にいたから、落ち合うことにしただけです」
「相変わらず仲良しなんだね。よかった」
椎堂に軽口を叩きつつ、にこっと笑いかけてくる六甲先輩は、前も思ったけど高校のときより大人びて落ち着いた雰囲気があった。確か記念ムービーの撮影のときに、六甲先輩は公認会計士の試験に受かったと聞いたけど、これがエリートの風格か。逆に央田先生はオレが高校で見てたときと変わらない。歳をとる気配がなさ過ぎてちょっと怖い。
「先生、ご無沙汰してます」
ぺこりと慧斗くんが央田先生に頭を下げる。
「ひさしぶり。どうよ、大学」
「相談に乗っていただいたおかげで、色々考えた上で決める事ができたので。充実してます」
そういえば彼らは美術部の顧問と教え子の関係だ。
「ついさっき、ばったり会った」
椎堂の隣にすっと近寄ると、少し抑えた声で教えてくれた。人通りの多い一階でも、静かな店内で話すには大人数過ぎるので、いったん通りに出る。
「それにしても、ホントにまさかこんなとこでばったり会うなんてな〜」
五月女たちとも久々に会ったのに、学校の外で高校時代の馴染みのひとたちと話していることがすごく不思議だった。
「先生はこの店によくいらっしゃるんですか?」
「いや、今日はたまたま。探してるものがあってさ」
「へぇ、オレと椎堂は大学が近いから割と新宿に来るけど、こんな偶然あるんですね」
五月女たちも新宿に来たのは久しぶりといっていた。
「新宿でデートって、どこ行くの? やっぱり映画館?」
六甲先輩の言葉に、そういえばオレ達が付き合っていることを知られているんだと思い出す。なんだか、椎堂の隣に自分が当たり前のように立っている状況にちょっともぞもぞする。
「まあ、この辺のシネコンはよく行きますけど……」
「やっぱ、どうせ観るならスクリーン大きい方がいいもんね。さっき俺たち、有ちゃんの映画観てきたんだ」
「その言い方、やめて。チョイ役なのに」
「えー。いいじゃん、アピールしてこうよ! 先生も観てきたら? 面白かったよ。そうだ、どうせだったら皆で観る? 俺たち、もう一回観てもいいし。ね、慧斗?」
五月女が慧斗くんに腕を絡ませ、しなだれかかる。感情を抑えたような複雑な顔で、でも振りほどこうとはしない慧斗くんを見ると、やっぱりこのふたりって恋人なのかなって思う。異母兄弟といえど、都内に住んでるのに実家から出てまでふたり暮らしって、まあ、そういうことだよな。つか。
「自分が出てる映画をこのメンバーと一緒に観るって、どんな辱めだよ……」
「そっかー。トリプルデートみたいで楽しいなって思ったのに」
慧斗くんの腕にしなだれかかったままの五月女が、ふふっと笑う。
「は!? トリプルデートって、何言ってんだよアハハハハ」
乾いた笑いでツッコミながら、オレたちのこと、五月女たちには言ってないよな?と脳内で記憶をさぐる。
「あ、あのさ、椎堂、五月女が記念ムービー、かっこよかったって!」
話題を変えたくて、横の椎堂に声をかける。
「そうそう。エモいっていうのかな〜、すごく素敵だった」
ニコニコ顔の五月女に、椎堂がクソ真面目な顔で「ありがとう」と返す。オレはまだ褒められると照れちゃうけど、こういうとき椎堂は本当に動じない。
「俺も最初はムービーなんてと思ったんですけど、完成したのを見て、参加できてよかったって思いました。ありがとうございました」
律儀に慧斗くんが頭を深々と下げる。
「僕も楽しかったよ」
六甲先輩が五月女兄弟に便乗してあっさり済まそうとすると、すかさず央田先生がツッコミを入れた。
「嘘つけよ。ずっと面倒くせえって顔してたくせに」
「そんなことないですよ、失敬な。ちゃんと撮影や諸々をエンジョイしてたじゃないですか」
そう口を尖らせる六甲先輩は、高校のときのニコニコ顔とも、いまのシュッとした大人びた雰囲気とも違う、なんというかナチュラルな感じがする。何故かわからないけど、ふとどこかで見たことがある顔だと思う。
「では、なにか出来に不満でも?」
椎堂は親しげな二人をまったく気にせず切り込んでいく。
「いや、ムービー自体の出来はとてもよかったんじゃないかな。自然光にすごーく拘ったせいで撮影が押して無駄に大変だったけど、結果的にはそれが透明感とか刹那とか儚さとか、そういう印象を与えてたと思うし。高校の記念ムービーとしては、申し分ないと思うよ」
「進行に余裕がなかったことは認めます」
「あ、いまのイヤミはただの八つ当たりだから、聞き流しておいて」
ニコニコ笑いながら、六甲先輩がそんなことを言う。椎堂は相変わらず平然としている。央田先生は「八つ当たりねえ」なんてニヤニヤしている。この3人ってたまに会ったりするらしいけど、仲がいいのか悪いのか、よくわからない。
「まあ、役者は面倒なヤツが多いから、スケジュールには余裕みといたほうが今後の為だろうな。自主制作と違って、仕事になるなら余計に」
「はい」
「でも、コイツがグダグダ言ってんのは、そういうんじゃないから」
央田先生の言葉に、六甲先輩はチラッと笑った。その陰影を帯びた表情に、なんとなくドキリとする。
「僕は、僕の映像が残ることが、思ったよりも嫌だったみたい」
ムービーに映った六甲先輩を思い出そうとして、思い至る。さきほど垣間見た六甲先輩の表情。あの映像の中の六甲先輩は、それに近い感じがする。
「えー、六甲先輩って自分の顔嫌いなの? 美形なのに」
五月女兄がそう言うと、何故か央田先生が笑った。
「椎堂のカメラがうまいんだよ」
「いえ、六甲先輩の表情をうまく引き出せた環境があったからです。俺はただ、そこにある現実を捕えるために、カメラを回しただけです」
椎堂の言葉に、撮影の時を思い出す。秋の終わり、六甲先輩が通う大学のキャンパスは静かだった。そういえば央田先生も見学に来ていた。
俺も一緒に現場にいたけど、その時は六甲先輩の表情について特に何も思わなかった。でも、あとから「椎堂の映した」六甲先輩を見たときに、何故かはっとさせられた。六甲先輩とは知り合ってもう四年以上経つけど、画面のなかの先輩は知らない人みたいだった。椎堂の映像に映し撮る力によって、六甲先輩の一面を垣間見たような気がした。
そんな風に、椎堂の作品には真実が映し出されているって思う瞬間がある。初めて椎堂の映画を見たときから、うまく言葉にできないけれど、オレは椎堂に胸を揺さぶられ続けている。
「でも、ムービー、いい記念になりました」
「妹に見せるとすごく喜ぶんだよ。けーちゃんがパソコンの中にいるって」
夏の終わり。たくさんのひとが行き交う街角での思いがけない再会に、しばし過去を懐かしみ、今を語り合う。そんなときにそれぞれが思い浮かべる映像が、椎堂が撮ってくれたものだということが誇らしく、胸を焦がす。
記念ムービーで、オレは台本を手にセリフを練習する姿を椎堂に頼まれた。音楽が乗るから声は聞こえない。小道具にしたのは前に椎堂と撮った台本だけど、いまの気持ちで演じて欲しいと言われた。だから、その夏に撮影した大型タイトルでセリフをもらえたことが嬉しくて、新しい現場にそわそわとしてた気持ちを思い浮かべて、撮影した。 それは何かに急かされるように、映研の扉を叩いた日の思いと似ている。あの時に着いた火は今もオレの踏み出す力を与えてくれている。
みんなと別れ、椎堂とふたり夕暮れの街を歩く。暑かった日差しが陰りはじめ、涼しい風を微かに感じる。
「そういえば、記念ムービー、裕太からもめっちゃお礼のメッセージきたって言ったよな?」
「ああ。青海のバスケシーン、躍動感がうまく出せた」
「あとは、二見先輩の病院実習に、参納先輩の大学と……、結構いろんなとこに撮影行って、楽しかった〜」
久しぶりに映研の同期メンバーとも顔を合わせられた。初めてみんなで映画を撮ったときよりも手際がよくなってて、あっという間に終わってしまって寂しかった。そのあと椎堂が編集作業をひとり頑張ってくれたんだけど。
「あの頃、仕事が重なって忙しかったけど、参加できてよかった」
椎堂が記念ムービーを撮るって聞いて、絶対参加したい、参加させてほしいって、事務所に頼み込んだ。だから『出演者としても参加して欲しい』って椎堂に頼まれたときは、初めてオレで映画を撮りたいって言わされたときと同じくらい嬉しかった。
「俺も卒業して間もないうちに、記念ムービーを任されると思ってなかったけど、あのときに話を持ってきてくれたことに、感謝してる」
気持ちをあまり多く語らない椎堂が重ねる言葉に耳を澄ませる。車の音も、雑踏の足音も、ひとの話し声も、遠のいていく。
「話をもらったとき、撮りたい風景がぱっと思い浮かんだ。それと同時にこの場を与えてもらえたことを幸運だと思った」
信号で立ち止まり、向かい合った椎堂の視線に捕らわれる。
「去年の夏は撮れなかったから、どうしても撮りたかった」
「何を?」
恋人になって三年。オレ達の環境は変わり続けていくけれど、寄せて返す波打ち際で綺麗な貝殻を見つけたみたいに、椎堂が微かに口の端をあげて笑う。
「あの夏の有を」