男子高校生、はじめての
Episode10 after Disc 〜 SIGN 〜
好評発売中
Episode10 after Disc 〜 SIGN 〜


恋人同士になって十一年目になる、
溺愛系の敏腕社長×クールビューティー数学教師の
元同級生カップルによるラブラブアフターストーリー

本日は発売を記念して、
シナリオをご担当いただいた和泉桂さんによる
書き下ろしショートストーリーを公開いたします!

十年という長い時間を共に過ごし、
互いを慈しみあい想い合っているふたりだからこそ
ささいな瞬間にも自然と思い浮かぶのはお互いのことで…。
そんな大翔と家史の甘く穏やかな日常をお楽しみください

--------------------------------------------------------
「以心伝心」
(文:和泉桂)
(文:和泉桂)
「ちょっと買い物行ってくる」
「うん」
リビングルームで鴻崎家史が声をかけると、ダイニングテーブルに向かって仕事をしていた恋人の十倉大翔が返事をする。
一緒に来るのかと思ったが、彼は腰を浮かせようとしなかった。
やっぱり、まだ大変なんだ……。
大翔の会社でアップデートしたばかりのアプリでトラブルがあったらしく、彼は一日中慌ただしい。重大事なら会社に行ったほうがいいのではと思ったが、たまたま、今日は電気設備の点検日で夜まで停電の予定なのだという。
「お昼、何か食べたいものある?」
「ホットケーキ」
「了解」
エコバッグをポケットに突っ込み、一番近いスーパーに歩いていく。足りないものは牛乳と卵くらいだったので、あまり荷物は多くならないだろう。
あとはホットケーキミックスだ。
スーパーマーケットの入り口付近は生鮮食品が並び、ホットケーキミックスは真ん中のほうにある。そこまでやって来た家史は足を止めた。
めちゃくちゃ種類が多い……!
今までホットケーキミックスに興味がなかったのでこの棚をしげしげ見たことがなかったけれど、ものすごく多い。
普通の大手食品メーカーの粉はわかるとして、グルテンフリー、アルミニウムフリー、砂糖不使用、糖質フリー……いっぱいありすぎる。
「嘘だろ……」
ホットケーキを家で焼く機会はそんなになかったので、使っている粉なんて気にしたことがなかった。
ホットケーキ自体は甘かったから、砂糖不使用ってことはなさそうだ。
――でも。
そういえばおとといだったか、大翔がすごく嬉しそうに届いた荷物の箱を開けてたっけ。昔お世話になった山小屋の人が、地元の名産品で作ったジャムを送ってくれたとかで。
だったら、これにしよう。
家史は砂糖不使用のホットケーキミックスに手を伸ばし、それをかごに入れた。
「ただいま」
「お帰り」
ちょうど大翔はコーヒーを淹れたところだったらしく、にこやかに顔を上げた。
「あれ、仕事終わったの?」
「まだだけど、一休み中」
「ホットケーキミックス、これでよかった?」
真っ先にエコバッグからホットケーキミックスを出すと、彼は「ありがと」と先にお礼を言う。
「何でもいいよ。でも、珍しいの買ってきたね。ダイエット中?」
「そういうわけじゃないよ」
「砂糖不使用で、ちょうどよかった。こないだ、すごく美味しそうなジャムもらったから、それと合わせたかったんだよね。これだったらジャムをいっぱい使えそう」
うきうきと告げる大翔の声はすっかり弾んでいて、仕事の疲れなんて吹き飛んでいそうだ。
「……うん」
よかった。
やっぱり正解だったんだ。
そう思うと、言葉にしなくても嬉しくなる。
「コーヒーもらっていい?」
「もちろん」
コーヒーは二人分で、ちょうどいい温度。
――あ……そうか。
大翔も自分が帰る時間を見計らって、待っていてくれたんだ。
そう思うと照れくさくなって、家史はうつむいてしまう。
口許が緩みそうになるから。
「なーに?」
マグカップを差し出した大翔に問われ、家史は無言で首を振る。
「言わないとキスするよ?」
「言わなくても……」
「うん、する」
顔を上げた拍子にちゅっと唇を重ねられ、我慢できなくなった家史はとうとう笑いだしたのだった。